昨日のエントリ『「つなぐ」CFWと「みたす」CFW』でも述べましたが、改めてここに明記しておきます。

CFWの提案は、復興財源をどうするかという問題とは一切関係がありません。どのような財源調達の方法であっても必要な方策であると考えています。ましてや、CFWが復興財源を抑制するための方策であるというのは全くの誤解です。

このような誤解は私がブログで最初にCFWに言及した際(「被災地にCash for Workを」)では、国債暴落について言及したことに起因しているようです。これは地震直後に被害規模も全く判らない中で一つの可能性として提示したつもりでしたが、改めて読み返すと確かに復興財源に制約があるからCFWを導入しようという趣旨に読めます。これはCFWは単なる被災者への所得移転ではなく、雇用と労働を通じて付加価値を創出するという意味で、効率的であるという趣旨です。

しかし、だからといって、私は復興への支出を抑制するべきだと考えているわけではありません。拡張的な復興事業を行った場合でも、被災地に雇用と生き甲斐を創出するというCFWの理念は重要です。また日本経済が大きく傷いて供給制約があるとすれば、大規模な財政出動が行われれば、被災地の資源を活用するCFWはより重要になってくると思います。(日経ビジネスオンラインの記事ではむしろその点を強調してます。)

 すなわち、財政規模やその財源はCFWの是非とは切り離して考えるべきです。実際、CFW-Japanとしての活動(例えば「CFW-Japanとは」「CFW-Japan試案」)では財源問題やマクロ経済政策については一切触れておりませんし、今後も論じるつもりはありません。以上どうかご理解下さい。