(この文章は2011年4月10日に行われた対談の模様を編集したものです。元の対談はこちらをご覧ください。)

12. 「反原発」派と電力会社はコンプライアンス上、どのように対応すべきか

勝間:やはり問題を複雑化しているのは、反原発の人たちは何を説明してもこれを材料にしてまたそれをプロパガンダとして使いますよね。そういう実態がある中で、コンプライアンスにはどう対応すればいいんですか?

郷原:だから逆にいえばですね。反原発っていうものもひとつのカテゴリーとして同一のものとみていたんですよ。訳の分からない反原発、なんかそれに近いものとして見ていたんだけども、その中にも筋の通った反原発とイデオロギー的な反原発といろいろあったんですよ。ところが両方がですね、相手を完全に一体化して二分してたんです。今回考えないといけないことは、まともに情報開示してまともに議論するという関係を作っていかないといけないんです。二分しないで。

勝間:それで、その反原発の中に議論ができる相手がいるはずだからという。

郷原:だからそのために、まず東京電力で対応している人たちとか、今まで考えていたことが間違っていた経産省の原子力安全保安院の人、あるいは原発をずっと推進してきた学者の人たちも、自分たちの絶対安全という考え方がどこがどう間違っていたのかきちっと認めて、失敗を認めて、その上で世の中に対して説明すべきことあるいは理解してもらいたいことは理解してもらって、それで最終的には原発をどうするのか国民が選択する。そういうアクロバティック的なことをやらないと原発の生き残る道はないですよ。

勝間:それはもう企業が不祥事を起こしたときに、厳格に、悪いことは洗いざらいすべて認めて、それで組織体制からなにからなにまで見直すという。

郷原:そう。それとまったく同じことをやらなきゃダメです。

勝間:まさしく不祥事を起こして復活した企業と沈んでしまう企業の2種類がありますけれど、東電ないし原子力は境目にいるということですね。

郷原:境目じゃなくて東電は完全に落っこちてますよ。私は株主ですが、紙クズなってもいい。とにかく東電が大事なんじゃなくて今の事態をどうするのかということと、それじゃ東電の失敗をどうやって今後の日本の経済社会に活かしていくのかということ。最悪の企業不祥事ですよ、今回の東電の問題は。日本の戦後の企業史の中で考えても。
それを端的に認めてそれを直視してその失敗を活かしていかなければ、この日本の経済社会自体が立ち直れないですよ。

勝間:それで情報開示の問題とか、反体制あるいは反原発の人たちとのコミュニケーションの問題、または政府とのコミュニケーションの問題など、ありとあらゆることを多面的にリストアップしていくしかないってことですね。

郷原:何が失敗だったのか、福島原発事故の震災前の失敗と、この事故が起きてからの失敗と、洗いざらいすべて明らかにしないといけないと思いますね。

勝間:もちろん自己分析もすべきなんでしょうけど、よく第三者委員会を作りますよね。第三者委員会でもできることなんでしょうか?。

郷原:当然、第三者委員会的な組織で利害関係のない人たちで集まって、専門的な知見も活用して、あらゆる観点から今回の福島原発問題東京電力の失敗そのものの徹底分析をすべきですね。

勝間:難しいのはこの第三者委員会を作ろうとしていくと、専門家っていうのは結局色がついてくるものじゃないですか。必ず擁護派と反対派の二分に分けられてしまうわけで。またすごい揉めそうな印象があるんですが。

郷原:だから元々の対立構造を一回シャッフルしないといけないんです。改めて白紙の段階からみんなで議論し直して、そこで自分の意見は何なのかということを出し合わないといけないと思うんです。どうも今でも原子力村の人たちっていうのは、昔からの固定観念の延長上でものを考えているような気がするんです。
あの人たちは原子力に関しては専門家だからあの人たちが入らないと議論が成り立っていかないように思いますよね?でも立場を考えたら、東電から研究費をもらってるもらってないの問題じゃなくて、日本という国で原子力発電をやっていかなければ、原子力って分野の専門知識ってたぶん活かせないんですよね。原爆作るわけじゃないんだから。

勝間:そうですね。

郷原:そうすると職業自体が原発容認なんですよ。それ自体はやっぱりまずいですよね。第三者にはなり得ない立場の人たちです。

勝間:だからといって原子力をなくすという選択肢をした場合に、ちょうどCO2の削減目標をごめんなさいしてさげて下さいという交渉をするという記事が載ってましたが、他とのバランスが関わってくるわけなんですよね。

13. 脱原発への具体的な道筋のつけかた

郷原:それも議論を十把一絡げにしてるような気がするんですけどね。同じ脱原発の火力でも、石炭火力や重油の火力、LG火力とでは、環境の負荷がぜんぜん違うじゃないですか。

勝間:ええ違います。

郷原:それをもうちょっと丁寧に議論しないといけないんですよ。

勝間:石炭火力が一番あれで、次にLG石油は一番マシなんですけど高いからあまり燃やしたくないと。

郷原:仮に今原発を全部やめたとしたらどれだけのエネルギーどれだけの電力をどれだけ供給できるのか。その構成比はどうなっていて、そのまえのコストはどうなるのか。で、それでも限界がきてこれだけ電気が足りないっていうんだったら、みんな我慢できますか節約しますかって話になるし。コストが高くなる分、皆さんにある程度のご負担をお願いしますというようなことを当然考えないといけないわけですよね。

勝間:それでCO2の計算もまたすると。

郷原:その問題は原発が安全で安心かどうかとは別の問題なんです。原発の場合は、みんなが安心してここまで情報開示してもらって納得できるんだったら原発を続けていこうと。そういうことになるんだったらそれはそれで可能性ありますよ。でもそうじゃないとなったら、それに変わる措置っていうのはどれだけのコストでどれだけ電力が賄えるのかと。

勝間:どれだけの期間が掛かるのか、CO2が増えるのかという。

郷原:そういうことです。絶対やっちゃいけない議論は、これを完全に相関関係の問題だと捉えることです。原発を使わないとするとこっちでこれだけ電気を節約しなくちゃいけなくて、今まで使っていて電気がこれだけ使えなくなっちゃう、経済に対してこれだけの悪影響がある、ということだけで原発を考えるだからとにかく原発は使えるようにしようよ、できるだけ安全ならいいだろうというような考え方の人もいるんですよ。
でも、それは恐らく今の状況じゃ許されないと思うんです。この安全の問題は、安全の問題としてまず独立したファクターとして解決しないとダメだと思うんです。

勝間:また同じような事故が今後起きた場合に、ますますその関係性は悪くなっていきますよね。ちゃんとした議論をしないまま、有耶無耶に原発を使い続けたら。

郷原:そこをハッキリしないと、またイデオロギー対決になっちゃって。要するに原発は認めて電力は使うんだという一派の人と、そうじゃなくて絶対ダメだという人にまた分かれちゃって。まともな議論にならないんです。

勝間:私がひとつ悩ましいと思っているのが、この40年やって解決しない問題が、いったいこの先議論をしたからって二者は交わるのかっていう

郷原:いや交わらないといけないと思いますよ。

勝間:交わらないといけない

郷原:今回はまさに原発の安全性に関する生の情報を見せつけられているわけだから、今までのような神話の世界、空想の世界における絶対安全中心の議論とはぜんぜん違うんですよ。今回、まさに本当の意味での安全を実感できるかどうかの議論が出発点になる。

勝間:その実感論としてのしっかりとした議論が必要であって、専門家同士の空中戦ではないんですね。

郷原:今のところぜんぜんそういう議論になってないんですよ。本当は今の福島の問題が落ち着いてからと考えてたら、遅いのかもしれないです。もうそういう議論を始めていかないといけないのかもしれない。
毎日毎日、福島原発の第何号っていうニュースがすごい長い時間流れるんだけども、大きく変わってないでしょう。これだけはみんなに知ってもらいたい情報だけ流して、その一方で日々動いている状況に対してどのように対応していくのか、みんなが何を感じとっていけばいいのか、っていう事のほうをもっとどんどん報じていかないといけないと思うんですよね。

14. 今後の津波対策に必要なこと

勝間:例えば材料を提供する。今回原発の話になりましたけども、恐らく津波対策もほぼ同じことが言えるわけですよね。

郷原:そうですね。

勝間:実際どのぐらいのコストが掛かるのか、訓練が必要でこういう規制を引いてここから下に対して住居を建設するかしないのか、あるいは今さまざまな問題点があるなかで、どのような仮設住宅や集合住宅を建てるのかという。

郷原:そうですね。だからそれもこれだけ大きな津波っていうのはどれぐらいの周期で起こるのかっていうことの経験則みたいなもの、まあ今までの対策の不十分さのひとつのファクターではあったと思うんです。例えば東北地方の人たちにとってみれば、これは何百年に一回のことで、それじゃもう一回これと同じような津波が来ることを自分たちの代や子や孫の代に想定した対策を取ろうと考えるかどうか。これものすごく重要な今後の対策を考えるファクターですよね。

勝間:チリ地震が比較的最近でもあれは3桁の死者が出ていたので、ずいぶん本来あれで考え直すべきではなかったかと思うんですが。

郷原:ただあのチリ地震のスケールと今回のスケールでは、恐らく今回は津波としては何百年に一回の世界ですよね。

勝間:はい。

郷原:だからこれが難しいんですよね。中々こういう世界には経済効率性って働かないですよね。ひとつの経済対策では組み込めないものだから。

勝間:一世代では負担しきれないですよね。

郷原:だからそれは基本的には想定できないことであっても、もしそういうことが起きたらどうするかという最低限の備えをしておかなければという話なんですよね。

勝間:ああ、それは逃げろというか避難のほうを。

郷原:ええ。

勝間:避難訓練だけは徹底すべきだと。避難所の建設、一般的には学校がいいとされていますけど、さまざまな小学校も中学校も今後建て直す際に、避難所になるような設計で立て直すってことですね。

郷原:そういうことです。

勝間:最低でもやらなければいけないことを決めるべきだと。

郷原:それと、そのときの人によるカバーをしていくってことですね。原発の問題がそうであるように、建物の物的な施設だけですべてが対応できるわけじゃなくて、まさに避難というのはそうじゃないですか。

勝間:はい。

郷原:それから、避難すべきだという判断、そういう感覚的に危険を察知して取る行動っていうものをもっと高めていかないといけないってことですよね。

15. 減点法から加点法にいかに視点を変えることができるのか

勝間:先ほどもうひとつ大きな問題として、コンプライアンスのためには減点法からの脱却という視点がありましたけどこれは具体的にどういう。

郷原:法令遵守だから減点法になるんですよ。守るべきものが先にあって守るのが当たり前で守らなかったら減点でしょ法令遵守ってのは。

勝間:はい。

郷原:ところが私が言っている社会の要請に応えるっていうのは、元々こういうふうに応えたら満点ですってものがないんです。電力会社でいえば、安定供給とか施設の安全とか、競争にも対応していくとか、普通には同時実現できないようないろんな価値がいっぱいあるわけですよ。何百点満点です。その何百点満点に対して、いかに創意工夫して答案を書いていくのか自分で考えないといけない、これが私の言っているコンプライアンスの世界なんです。
だから今求められている震災後の激変する社会に対しては、百点満点じゃダメなんです。1000点満点、2000点満点を目指して新たなものを創造していかないといけない。

勝間:まさしく私たちの価値基準、行動基準がすべて変わるということですね。

郷原:すべて変えるということです。人の評価も完全に変えるってことです。だからそこの劇的な変化に対応できるかっていうことなんです。人の評価自体、人が存在している存続基盤についても変わってしまうということがどうやって実感できるかってことなんですよ、これからの社会は。

勝間:その減点法と加点法の違いに対して適応しきれない人たちっていうのはどうなっていくんでしょうか

郷原:残念ながら津波に流されていくしかないでしょう。

勝間:そうなってしまうあるいは国ごと流されてしまうかもしれない。

郷原:その町ごと流されたのと同じように国ごと流されてしまうかもしれない。そこでこの津波の危険の中から、本当に自分の頭で考えて創造性を発揮して、この津波の大きな被害損害に打ち勝てるような社会を作れるパワーを生み出せるかどうか。

16. 自助努力と、リーダー・政府の役割のバランス

勝間:自助努力の必要性があることについて私は記事とか論文に書いてるんですけど、震災後に過度な自助努力を強制することは罪ではないかというような議論がまた始まってしまうんですね。

郷原:それはどういうことに対して言われるわけですか

勝間:お上が言うこと、政府が言うこと、会社が言うことに対してこういう法令遵守的な発想ではこの事態じゃ動けないんだから自分が自分で考えて情報を取捨選択して動くべきではないか、あるいはそういう変えなければいけないと書くと、それができない人にとってはかえってプレッシャーを与えるだけであるから書くなと。

郷原:それは社会の中の持ち場っていうか、階層みたいなものをある程度分けて考えないといけないと思うんですよ。やはりその社会をその組織を引っ張っていかなきゃいけない人と引っ張る発想を生み出す人、それからその考えを理解して自分でも動く人、一番下のところにそういう人たちが考えたことを実行する人。大きく分ければこの3つのカテゴリーに分かれると思うんです。

勝間:はい。

郷原:それで社会には、その一番下の実行することが自分の役割であるっていう人もいるんですよ。本当は世の中が変わったらこのカテゴリーでも一番上の仕事もできるかもしれないんですけど、でも最終系としてはこの3つに分かれると思うんですよ。私が言っている加点法創造性を発揮しなければいけないのは一番上の。

勝間:リーダー層ですね。

郷原:ええ。この人たちにはそういう発想を求めていかないといけない。そういう人たちがどれだけたくさん出てきていい仕事をするかによって、この社会が救えるかどうかってことが決まってくると思うんです。ただしそれを救ってもらわないといけない人たち、弱者ですね。そういう人たちも含めてアンタたちも考えろということを言ったら、確かに可哀想です。そういうような救わなければいけない人たちのことは、その能力を生み出せる場所を考えてあげないといけない。そこを分けた議論をしないといけないと思うんですよね。
それでとにかく考えないといけないのは、一番上の階層で仕事をする人たちが従来の発想を捨てて自分でできることは自分でやりなさいという躾をそのまま守るのが減点主義の考え方ですけど、そうじゃなくて他人ができることは他人にどんどんやってもらいないさい、そうすればその人の発想が無限に広がっていっていろんな人の力がどんどん生きていくということになるでしょう、そういう意味で発想を変えていかなきゃいけないのは上のカテゴリーの人たちなんですよ。そこの議論をしっかりしないと、何かすごくその弱い立場の人たちに対して辛いことを言っているように誤解される可能性があるんで、そこは気をつけないといけないですね。

勝間:そういうリーダー的立場を担う人、あるいはそれを補助して発揮できる人たちが必ず加点法を加えていかなければいけない。

郷原:それまでのカテゴリー分けがそのまま通用するわけじゃなくて、今までは本当に面白くないなと思いながら仕事をしていた人が実は素晴らしい大きなポテンシャルを持ってて、自分で考える人そういう人たちがどんどん上に行って引っ張っていかないといけないかもしれないんです。

勝間:実際に伸びてるベンチャー企業の発想ってそういうものですよね。

郷原:だからこの震災後の大混乱状況をね、逆に自分のほうにプラスに考えろというのは不謹慎な考え方かもしれないけども、ある意味では今までの震災前の日本の社会では恵まれなかった人、力が活かせなかった人、サッカーのゲームでいえば後半30分までベンチでずっと見守らざるを得なかった人たち、そういう人たちが自分の力を発揮するチャンスかもしれないんです。そういう人たちが本当にチャンスだと考えて活躍していく場を作っていかなければ、恐らく今の日本は10年先20年先の将来はないと思うんですよね。

勝間:そういうポテンシャルある人たちが本人たちもやっていくし、そういう人たちが繋がっていく形で新しいさまざまなパフォーマンスを作る。もう本当に具体的な行動を起こしていかざるを得ないってことですね。

郷原:そういうことだと思います。

17. 震災でメディアはどう変わったのか

勝間:実際、本当にこれまで私たちはメディア寄りですが、メディアでよくやっていたのが例えばインターネットというと趣味のものとか、ある意味二流三流といったような形ですごく何か一流のマスメディアに対してのアンチテーゼ的なものと思われていたんですが、実は役割がまったく違ったんだということが今回の震災で大きく変わったんじゃないかと。

郷原:私は昨日も総務省のコンプライアンス室長としてコメントしたんですけどね。確かに流言蜚語、デマみたいなもの、通常の新聞とかテレビでは出てこないような情報がものすごい勢いで拡散していって、いろんな被害やダメージ損害を与えてるってことは確かだと思うんですよ。しかしそれは、そのインターネット空間というもののマイナスの面が出てきたらそういうような弊害が生じるんです。それをプラスの面を活かしていくか、マイナスの面が多くなっていくか、やっぱり使う側のリテラシーの問題だと思うんです。使う側のリテラシーをもっとみんなが自覚して、まあ勝間さんだってそうだと思うんだけど、いろんな情報を選別してリツイートしていきますよね。それがインターネットっていう空間が十分わかってない人がちょっとそうじゃない対応したりすると、異常に拡散することが起きちゃう。そういう危険性を持っているというのは間違いないと思います。

勝間:そこは本当にリテラシーの問題、ある意味慣れがありますよね。

郷原:ええ。だからといって、そういうような弊害があるからといって国がネット世界に流通する情報に対して、自主的に削除すべきだとか具体的に言わなくてもですよ、そういうものに対して抑制的な対応をすべきだとか、業者がまずいものは削除すべきだとか言うこと自体がとんでもない話ですよ。だから私も絶対そんなことは総務省の所管課としてそんな趣旨の文書を出したことはないと思ったので、昨日総務省に行って所管課長から聞いたら、いや滅相もないそんなつもりはまったくないと言うんで。しかし、言いたかったのはこれを見たら誤解するだろうと。

勝間:読めますよね。

郷原:うん。それを言いたかったんだけど、ただでも彼も辛い立場なんですよ。やっぱり上のほうがあるわけじゃないですか。そのワーキングチームとか。

勝間:電話が飛び交って。

郷原:政府としての方針があって、その方針との平仄をある程度そろえていかなきゃいけない。役人ですからそれをとんでもないと逆噴射きかせてきたって無理ですよ。だからこれはそういう趣旨じゃないんだったら誤解が生じないようにフォローする。そこは私がやろうと。いうことで、昨日年金業務監視委員会の会見でわざわざ紙を配ってそれを周知徹底したんです。誤解が絶対生じないようにっていうことでやったんです。

勝間:それもやはりある意味加点法で。動けない人がいるんだったら加点法で動けばいいじゃないかという発想ですよね。

郷原:そういうことですよ。まあすごく本音かどうかわかんないけど喜んでくれてましたよ。お願いしますって言ってくれてましたけどね。

勝間:ある意味そういった人が半公的なネットワークを使えば良いし、その思っていることで出来ない人がいたら助けてあげればいいじゃないか、ということですよね。

郷原:はい。

勝間:で、さまざまな東電や、コンプライアンスの問題についてはもう本当にフラットな議論をしようよと。

郷原:そうですね。フラットな関係を作ってフラットな場で自由に議論して内閣を創造していくことなんですよね。上から下に見下ろす発想じゃなくて。

勝間:レッテルを貼って上から見ることではなく。

郷原:そういうことですね。

18. 結び

勝間:すみませんお時間が長くなって。最後にですね、視聴者の方けっこうずっと拝聴2~300人から増え続けて、1000人越えてるんですけども、あとこれアーカイブ残しますのでもっとずっと残っていくと思うんですが、コンプライアンスについて大災害後コンプライアンスをどのように考え、何をどうしていくかっていうのをまとめていただけますでしょうか。

郷原:私が今日お話してきたのは、まあ元々持論ですけどもコンプライアンスは法令遵守じゃなくて組織が社会の要請に応える、社会の環境に適応していくことだと。そういう意味でコンプライアンスを本当に真剣に考えてもらったら、今の国難とも呼べる危機的な状況から日本の社会があるいは日本の組織がどうやってそれを克服して、またその良いこの国良い社会、みんなが生き生きと伸び伸びと暮らしていけるみんなが働いていけるそういう社会を作る展望が必ず開けると思うんです。それが本当にひとりひとりの個人が能力を活かしていくことに繋がるし、その力を結集しなければ絶対この危機的な状況は打開できないです。
震災直後にね、阪神淡路大震災のときのように急激に円高が進んで、なんとなく今までと同じ災害が発生し、一時的には混乱はあるけどもそのうちそれもこの国は乗り越えていく循環みたいなものを捉えた人がけっこういたんじゃないかと思うし、マーケットが最初そう動いたんですね。しかし私は絶対そうじゃない、今までにはありえなかったことが起きた、今までは考えられないような発想で考えられないようなことをすることによってこの危機を克服できると思っています。そして、これを乗り越えるには、みんながそう思うことが必要です。

勝間:それぐらいしないと乗り越えれない。覚悟を決めなければいけないと。

郷原:そこで今までとはまったく違った意味で、コンプライアンスという言葉をもう一回考え直してもらいたいですね。

勝間:私たちがどうやって危機的な状況をそれぞれの力を活かして乗り越えるべきかということを、加点法で考えるべきと。それまでのいろんな柵とかさまざまなことは忘れて。

郷原:ええそうですね。

勝間:やるべきことをやっていかなければいけない。

郷原:はい。

勝間:本当に郷原さんどうもありがとうございましたまたこれからもよろしくお願いします。

郷原:よろしくお願いします。

                            
(おわり)