(この文章は2011年4月10日に行われた対談の模様を編集したものです。元の対談はこちらをご覧ください。)

1. 大震災が二次災害、三次災害を起こしている理由をコンプライアンスの観点から探る

勝間:郷原先生、今日はよろしくお願いします。

郷原:お願いします。

勝間:今日のお題は、大災害大震災コンプライアンスということでして。実はコンプライアンス問題でいろんなことが見えてくるわけなんですね。災害がなぜ、第三次第四次災害を引き起こしているかについて。

郷原:そうですね。コンプライアンスという言葉がどういう意味かということで、たぶんこの話を聞こうという方が大幅に違ってきてしまうと思います。
世の中でみんなが思っているように、法令遵守とうるさく言われるという意味のコンプライアンスという言葉が出てきた途端に、その手の話は聞きたくない、チャンネルは変えるという人が多いと思うんですけど。私はそういうコンプライアンスをこの世から一掃したいんですね。

勝間:すごいよく分かります。

郷原:本当に一掃したいんです。ですからこのコンプライアンスという意味をまず間違えないでもらいたい。

勝間:コンプライアンスとは何でしょうか?

郷原:私がいつも言っているのは組織が社会の要請に応えること。そういう当たり前のことを言っているだけなんです。

勝間:それをなぜみんなコンプライアンスという言葉に言い直しはじめたんですか?

郷原:法令遵守と訳したのはアメリカの影響です。アメリカは司法国家ですので、社会が基本的に法令中心でまわっているじゃないですか。

勝間:はい。

郷原:だから社会の要請というのが概ね法令に置き換えられているんですね。そこで、アメリカの法令遵守が基本的に社会の要請に応えることだというんで、米語でいうコンプライアンスをそのまま日本に持ってきてしまったので、こういう馬鹿な話になっちゃったんです。

勝間:たまたま、アメリカでは組織が社会の要請に応えることイコール法令遵守であったと。

郷原:欧米の法令が概ね社会の要請に置き換えられているので。
だから日本じゃそれはまったく通用しないし、しかも法令ってのはアメリカでもそうですけど常に社会の要請を100%出しているものではないはずなんです。特に世の中が大きく動いているとき、どんどん複雑化多様化しているときってのは、法令でキャッチアップできない事というのがものすごく大きくなってくる。
でも、アメリカの社会というのはずっと法令を使いこなしてきた。法令にはそれなりの可塑性柔軟性があるので、まだその社会の要請をキャッチアップできる程度が高いかもしれない。しかし、日本はそうじゃないですよね。神棚にずっと奉っておいて象徴的に存在しているだけだったから、法令をそのまま守れということで世の中の問題を解決していくとぜんぜん実態に合わなくなってくる。しかも世の中がはげしく変化すればするほどおかしくなっちゃうんです。

勝間:まさしく今回の大災害でそれが一番大きく露呈したわけですよね。

郷原:私がずっと法令遵守じゃダメなんだと、その法令遵守から脱却したコンプライアンスを考えていかなきゃいけないと言ってきたのは、そういう意味です。最近官庁でも企業でも不祥事が相次いでますよね

勝間:はい。

郷原:その不祥事というのは、法令遵守的なガリガリのやり方でやっているから社会の要請についていけなくて起きているのが大部分なんです。

勝間:もしかして、法令を遵守すればするほどコンプライアンスがおかしくなると。

郷原:おかしくなるんです。そういった考え方に凝り固まっているから組織の力は落ちるし、活力はなくなっていくし、みんながやる気もなくなるし。法令遵守の弊害だけが出てくる。
そもそも世の中の変化がはげしくなってきたし、世の中がどんどん複雑化多様化しているのでその組織は適応していけない。その変化の最たるもの、究極の変化が起きたのが今回の大震災という状況ですよ。

勝間:そうするとコンプライアンスを法令遵守だと思っているかぎり、まさしくコンプライアンスは一生できないと言ったら変ですけど。

郷原:今回の大震災の変化についていけなくてもう本当に可哀想なことになっちゃうんですよね。そういう考え方に凝り固まっているから。

勝間:最近聞いた事例では例えば外国から毛布が来たと。でもそれは日本の基準に合わないのでその毛布をつき返したという話があったんですよ。

郷原:外国から来る医者も断ったという話もありますよね。

勝間:まさしくそういうことになるわけですよね。

郷原:法令遵守だけではうまくいかないというだけでもそういう問題があるんですけど、もっとそういうレベルじゃなくて、組織が本当に柔軟に世の中の変化社会の変化に適応していかないといけない。それが今の固い考え方の組織じゃできないんですよ。
特にお役所や大企業は、その遵守的な考え方、法令遵守にかぎらずとにかくいろんなものを守ればいい、上からの命令に従えばいいと思っている。こういうふうに思っている組織の構成員の人たちというのは、自分の力を活かせないんですよ。組織の力が高まっていかないから、最も力を求められる激変の状況に対応できないということになる。

勝間:実際に実例で言いますと、地震が起きて津波災害が最初に起きましたよね。それで津波に関してもかなり強くNHKだけが、まあ民放もそうですが逃げなさいと連呼していましたが、具体的に何をどういうふうに逃げればいいかという注意事項はない。そもそも津波災害に関してはかなり研究が進んでいたにも関わらず、それに対して事前に自然災害からどういう逃がし方をするのか基本的にあまり知られてないように感じたんですけど。

郷原:まあ今回のような大津波は恐らく何百年に一度ぐらいの災害でしょうね。ですから一番法令では対応できない世界ですよね。法令というのはもう少し短いスパンで5年ぐらいのことしか想定してないので。

勝間:5年、10年って単位で。

郷原:ええ。だからそういう法令的な想定を超えた場合に対しては何も対応できなくなってしまう。その中できちんと生き残れた人というのは、法令を超えた見地を活かしている人ですね。先祖代々ここから下に家を建ててはならないというような言い伝えをちゃんと守っている人とか、その津波の怖さっていうものを何らかの形で頭の中にインプットされていてそういう対応ができてた人とか。それは法令を守ることとはまったく正反対ですよね。

2. コンプライアンスを法令遵守と捉えるほど、コンプライアンスが無力になる理由

勝間:じゃ極端に言いますと、コンプライアンス、特に法令遵守というものはそもそも災害に対して無力であると。

郷原:一番無力でしょうね。今回の災害が起きたことで単純に法令の当てはめだけで片付くような問題はほとんどないと思いますよ。だからもっときちんと頭を使った問題解決をしていかないといけないんだけども、そういう方向に転換できるのかというのが、今日本のあらゆる組織、あらゆる人たちが試されているんじゃないですかね。

勝間:例えば、日本のあらゆる組織の中に閣僚のような組織があって、なんとか本部というように本部組織をたくさん作っているけれど、結局動いてないじゃないかという批判がたくさん出ているようですけど。

郷原:無意味な組織ですよね。組織を作ることが自己目的化しているのからそういうことになるんです。私はコンプライアンスには2つの重要な要素があると言ってきたんですね。それはセンシティビティとコラボレーション。

勝間:はい。

郷原:センシティビティというのは、要するに変化の激しい社会の要請に応えていこうと思えばその社会の要請を敏感にキャッチしなければいけない。そのセンシティビティがまず必要ということ。
さらに、その組織というのはたくさんの人が集まってできてますよね

勝間:はい。

郷原:そのたくさんの人が力を合わせることによって組織はその社会の要請に応えていくパワーを持つことができる。場合によっては組織と組織もコラボレーションしなきゃいけない。そのコラボレーション力を合わせることが目的であって、そのために組織を作りコラボレーションできるようなシステムを整えるわけじゃないですか。それが目的的な発想なんです。ところが今のお役人とかはですねそういう内閣の人たちがやっているのは組織を作ったっていう形によって言い訳をしようとしているわけです。

勝間:センシティビティは上がるどころか下がっているわけで。

郷原:当然です。だからどういうふうに組織全体のセンシティビティを高めパワーを高めていくのかってことを考えそれに適した組織を作っていく。あるいはその場その場でかちっとした組織じゃないコラボレーションの形を作っていくことが大事なんです。
ところがやっていることは、法令遵守という発想とまったく同じなんです。遵守っていうのはある法令を守ればいいという発想でしょ。何人かの組織を作ればいいっていうことが自己目的化しちゃう、という発想思考パターンとまったく同じですよね。

勝間:例えば最近ショックな話で、ユーチューブに流れていたんですけどいわきの競輪場に全国からの救援物資が入ってきているんですが、それの割り振りの先が自衛隊を中心にやっているらしいんですけど決まっていないので物資がそのまま積み上がってしまってると。

郷原:当然ですよねそれは。何のために救援物資を送ってるのか、被災者の支援というのをどういう基本的なポリシーでやっていくのかということがまず考えれていないんですよ。とにかく被災地が大変だからモノを送ればいいと思っているから、一箇所に積み上げられてしまい、本当に必要なところに届かないわけなんですね。
私は今回、総務省のルートを使って対策本部にいろんな提案をしたりいろんな情報提供をしたりして、本当にいろいろ思ったのはもう政府の震災に対する対応のシステムが完全に根詰まりを起こしている。要するに情報を活用することができないし、さっきから言ってるコラボレーションができるような体制にもなっていない。やっぱりそこに要求されている人数に応えるサプライをしていくような、こういう想定を超えた災害のときのシステムがそれなりに必要なんだろうと思ったんです。平時であればマーケットメカニズムがそれをちゃんとカバーしてくれるわけじゃないですか

勝間:そうですね。

郷原:どこで何が必要で、こういう価格、というシグナルでうまくサインを出してくれる。ところがそのマーケットメカニズムが働かないですよねこういうときには。被災地に対して

勝間:そうですね情報が途切れちゃってますから。

郷原:そういうときにマーケットメカニズムに変わるニーズとサプライのマッチングを、どのようにしていくのかという基本的な組み立てを考えないといけないんです。

勝間:実は私もかなり早期の時点で、ボランティア対策推進室という何かそんな感じの名前だったかありましたよね。あそこで連絡を取りながら、あまりにもやりたいという人と欲しいという人のマッチングができないからこれどうなってるの、何か手伝おうかみたいに言ったら、ちょうど有志にサイトを作らせたから大丈夫だという返事だったんですよ。なんで政府じゃなくて有志がやるんだと訊いたら、これもショックな発言でやっぱり政府は無謬性があって間違えてはいけないのでそういうあいまいなものは作りたくないからって。

郷原:政府の体制が救援物資を送ることに関しても、ボランティアを派遣することに関しても、とにかく平時と同じ発想なんですよ。

勝間:そうですね。無謬性を大事にしたくて。

郷原:役割分担っていうのが決まっていて、この自分のテリトリーだけは間違いなくやりますよって言える部分があるじゃないですか。そこから一歩も出ないわけですよ。そんなもので対応できるわけないんですよ。今、震災っていう状況下で、いかに多くのいかに膨大なものに対応しないといけないのか。現に何十万って人たちがいろんな救援を待ってるわけですから、その情報にアプローチしないといけないのに、アプローチしようという発想がないんですよ。要するに自分のところで通常ルートで情報が来るのを待っているだけなんです。来なければ何もしない。たくさん来たら後送りになっていく。

勝間:例えば赤十字に義援金が集まってるわけですけど、あれも配分方法が決まってないからという理由で。

郷原:適量で配分しようと思ってるわけなんですよね。それが私の大大先輩のおじいさん、なんて言ったかな堀田力さんが委員長になって第一回の会合が開かれたと言ってましたね。それでひとり30万円とか亡くなった人とかに払われると。そんなことよりも、義援金をどこに配分するのが今被災地で困っている人たちに対して一番有効な支援になるのかってことを一生懸命考えないといけないし、情報集めないといけないわけでしょ。それをいくらなんでもあのお年の人に、そんなセンシティビティなくなっちゃった人を頭にして委員会に決めさせようって発想が、役人の従来型の平時の発想そのものですよね。第三者委員会で決める話じゃないでしょう。

勝間:今現在、現金も何も持ち出せなくて困っていて、一応10万円まで引き下ろせるけども、そのあとのお金はなくなっちゃうでしょ。たくさんいるから。

郷原:恐らくそういう配分の仕方をしてったら、ここまでは法令上問題はない、これは公平な配分だろうというところまではできるんです。ところがこれから先本当に有効な使い道をしようというとき、誰がどう決めたらいいのか分からなくなっちゃって。

勝間:コンプライアンスがないので。

郷原:そう、考えられなくなっちゃうんです。最後悪知恵の働くやつらにボられ、中間搾取みたいなことになって、本当に被災者に必要なお金が届かないってことになりかねないですよ。これはやっぱり何百億ってお金なんだからそれを被災者のために有効に使う一番良い形で届けるということを一生懸命考えてもらいたいですね。

勝間:まったくそういう発想ではないですね、今現在。みんなから変に配分したり義援金詐欺みたいになったら困るから。

郷原:そうそう、ディフェンシブになってるわけです。自分たちの責任にならないように考えている。

勝間:客観基準で配りたいと。被災者の数を把握するのも大変だから配れないって話なわけですよね。死者の数も分からないしと。

郷原:そもそもこれだけ壊滅的な被害で行政組織自体がもうほとんど崩壊してるところもたくさんあるわけだから、その平常時の発想で今どれだけ被災者がいてどれだけの被害状況がいてということを前提に配分しようというのが、およそナンセンスなんですよ。

勝間:ひょっとして関東中の水を失くしてしまった水事件も、平常時の判断で使った基準をそのまま平常時の判断のまま流すとああいうことになるんですか

郷原:すべて自己保身責任回避的な発想ですよ。自分の守備範囲を守って責任を負わない。責任が問われないようにしようと。ほとんどその発想そのものですよね。

勝間:元の基準が正しいかはさておいて、とりあえず発表すると。

郷原:そうですね。まあこれから先もっともっと状況の激変っていうのが大きくなっていくと思うんですよ。これまでの状況でもぜんぜん対応できてない。国の今の政府の中心システム。これを新たな発想で変えていかないと、本当にとんでもないことになるんじゃないかという気がしますね。

3. 震災後の自粛が与える影響について

勝間:今私が心配してるのは震災でモノの需要が2割3割落ちていますよね。そしたら1ヶ月、2ヶ月先に資金ショートする会社が山のように出てくるわけです。連鎖倒産が起こる可能性があって。

郷原:我々は津波の、想像もできないような大きなパワーを見せ付けられたじゃないですか。

勝間:はい。

郷原:日本の国土に対する津波の破壊力。その物理的なパワーもものすごかったんですけども、今後、今年来年と起きることはその津波のようなパワーが日本の経済に対してものすごい破壊力を持つんじゃないかって心配ですよね。
津波の破壊力と同じように、もうひとつ現実に起きた現象が地盤沈下。今回もその津波の被害を大きくしたのは津波の高さと地盤沈下が同時に起きたからだと言われてますよね。それと同じように、経済社会に与えるインパクトも大きな衝撃ですよね。

勝間:はい。

郷原:企業の資産が壊れたとか、被災地がずたずたになったりという破壊力と同時に、その自粛という地盤沈下、この両方が同時に起きていることによって、日本経済に対する破壊力っていうのは数段高まっていくんじゃないかと。

勝間:実際に被災地から離れれば離れるほどある意味普通なんですけど、普通のほうがこちらからみるとものすごく眩しいみたいな

郷原:そうです。自粛っていうのも、私は何の目的でやっているのかっていうことをしっかり考えないといけないと思うんです。例えば、今電気が足りないんだから電気を使うことをできるだけ減らしていこうと。これはしょうがないじゃないですか。

勝間:ナイターとか夜桜とかそういうのですね。

郷原:ええ、電気を使う行事とかイベントとか。それはしょうがないかもしれない。しかしそうじゃなくて、なんとなくこういう時期にこういうことをやったらまわりから白い目で見られるんじゃないかということだけで、自粛をしてるってこともあると思うんですよ。

勝間:実際企業さんとお話したら、いわゆる何十周年記念イベントとかはほとんど止まっているんだそうです。なんでですかと訊いたら、取引先に直接文句を言われるんだそうです。この時期にそんなことやって浮かれてと。

郷原:それはまさに思考停止的な自粛ですよね。さっき言った地盤沈下による津波のパワーをいっそう高める作用をもたらすかもしれないですね。

4. 震災の復興財源をどこから得ればいいのか

勝間:実際資金ショートは始まりますよね

郷原:始まるでしょうね。

勝間:始まったときに、本当に銀行が平時の対応して貸せないっていう話になると

郷原:しかも、その震災復興のための財源を、なんかこう今自分たちのところに右から左に持っていけるものだけで適当に調達しようとしてるわけじゃないですか。例えば公務員の給料を5%カットするとかね。まったく何の解決にもならないですね。購買力が落ちるだけですよ。

勝間:消費税を1~2%増やして復興財源にしようという話があるんですけど、その分みんなモノを買わなくなるので。

郷原:そうなんですよ。確かに復興財源によって痛んでしまったインフラの部分、あるいは供給力のところをカバーする必要があるから、とにかくどこからからお金を持ってかないといけないってことは確かなんだけども。でもその持っていき方によっては、逆に復興のための力を削いでしまう。

勝間:そうですよね。結局3~5%消費税上げたときにあれだけ購買力が下がったにも関わらず、またプラス1~2%したら同じことになるる可能性が高いですよね。ただでさえみんなお金使わないのに。

郷原:私も昨日、年金業務監視委員会を総務省でやって、例の運用3号問題のときには厳しい意見も言いましたけど。

勝間:はい。

郷原:年金業務委員会の委員長やってるんですよ。それで1ヶ月ぶりに開いて厚労省とか年金機構から今回の被災の状況とか今年度の計画とかいろいろ話を聞いたんですけども、その年金の財源をある程度震災の復興のための資金にできないものかと思って、昨日もずっと聞いたんですよ。だって年金の財源っていうのは将来のために備えているわけでしょ。これを、今の日本の経済社会を何とかしなきゃいけないときに活用していくっていうのは、私はむしろ年金っていう制度の目的そのものだと思うんですね。

勝間:年金機構などが復興国債を買い入れて運用していけばいいってことですね?

郷原:いや、それよりも年金というものに関して今やっている中でいらないものをまず削る。それから、年金として支払われているものの中である程度復興の財源に回せるものもあると思うんですよ。例えば、これある人が書いていたんですけどもスライド条項というものがありますね。

勝間:はいあります。

郷原:インフレのときにはスライド条項でそのぶん年金の支給額が上がるんですよね。で、最近10年ぐらいはずっとデフレだったから本当は物価が下がって年金の支給額を下げないといけないのに、特例でその分の水準を維持してるんですよね。ですから今1~2%ぐらい本来スライド条項で適応してたら減る分が余計に払われてるんですね。それを本来もうちょっと少なく払っても良かったわけだから、なんとか復興に回せないかと。

勝間:恐らく年金は今年の運用成績ものすごく悪いはずなんですよ。

郷原:うん。そういったところから、何か活用する手立てあると思うんです。例の紙台帳とコンピュータ記録の符合のためにこの何年間で何千億ってお金を使うことも、それは平時でもいろいろ議論があって、あんなものは無駄じゃないか、まったく意味がないっていう意見もあるんですよ。ましてや今はこういう状況なったんだから、全部やめてしまってその何千億ってお金を震災の復興資金に当てる。

勝間:国会議員の給料多少減らすことにしましたよね確か。

郷原:当然でしょうね。

勝間:初め私は震災直後に訊いたんですよ。なぜすぐやらないんですかと。そしたら何か向こうから言い訳が来たのは、国会議員は寄付を禁じられているから、いますぐやると寄付扱いになる云々カンヌン。

郷原:公職選挙法上。

勝間:国会議員なんだから自分で変えればいいでしょうと。

郷原:そんなことやったって批判を受けたりしないし、間違っても警察に捕まったりしないし、遠慮なくやってくれたらいいですよそんなの。

勝間:そうなんですよ。だからすごく自分に言い訳の良い方向に法令遵守を使うんだなという印象です。全体的に。

郷原:そういう方向だけに染み付いているんですよ、法令がね。

勝間:過去のことは仕方ないとしましても、これから私たちは政府に変わってもらったり企業に変わってもらったり、あるいは私たち自身が変えようとすると、より良い方向に動いていくのでしょうか

郷原:結局最初に言ったように、変化にきちんと適応していける組織のあり方というのがコンプライアンスだと思うんですよ。

勝間:でも今、縦割り上どうしようも。

郷原:だから今までの常識を全部捨てて、震災後の日本の社会の環境の中で最も高いパフォーマンスを実現できる組織のあり方を白紙から考えるんです。そのためにセンシティブじゃないといけないし、人と人組織と組織のコラボレーションのあり方も根本的に考え直していくべきですね。

Vol.2へつづく