とてもいい本だ。ひきこもり歴20年という著者が書いたこの本の基本的な視点は、本書の言葉でいえば「ひきこもり資産」の活用だろう。経済学では人的資本という考えがあるが、これは労働を投資によって生産性を高めることができると資本いう見方である。それに対してこの「ひきこもり資産」は、人的資本の見解とは対立している。どんなに「ひきこもり資産」に投資(=ひきこもり)しても生産性を高めることには結び付かない(まあ、絶対ではない。なぜなら著者自身この著作という「成果」を得ているわけだから)。

 「ひきこもり資産」が蓄積していけば、ひきこもりの経験知を整理し、それを人に伝えることができるかもしれない。あるいはそのような整理・伝達行為が、他の人たちのひきこもり資産の低位安定を引き上げたり、またはひきこもり行為だけではなく、別な非ひきこもり行為との間でのいずれの立場をとるかという選択をする機会をひろげるかもしれない。要するに「ひきこもり資産」は収穫逓増的な性質をもっていて、他人にその経験が影響を及ぼすことで、他者の「厚生」水準を改善するかもしれない。

 本書はそのような「ひきこもり経済学」の可能性を内包している。いまの官僚的なひきこもり対策ー就労支援ーの限界を本書は的確に指摘しているし、また笑いをとりながらもゆるい労働のあり方、そもそも働かないことのどこが悪いのか? という誰でもが思う素朴な真理まで徹底して考えていると思う。まさに新しい時代の生活書だ。サンデルのような凡庸な本を何度読むよりもこの本を読んで刺激されたほうがいい。

 ちなみに僕も事実上の「ひきこもり」を二年ほどした。まあ、当時はそんな言葉で自分を表現するよりも単に「ひも」と自称していた。二年程度の「ひきこもり資産」の蓄積では、本書ではせいぜい基礎編の手前あたりだろう(当時、その生活で一番驚いたのが声が出ずらくなることだった)。

 勝山氏によれば、リーマンショック以降の現状は、「ひきこもり不況」であるという。これはひきこもりが増えるから不況ではない。

「元々、ひきこもりサークルとは、ああなりたくはない、ああなったら御終いだ、そういうひきこもり先輩、ひきこもりフレンドたちとの、ふれあいの場です。ひきこもり同士が、お互いのひきこもり資産を公開する。かなりのひきこもり癒し効果が得られます。ひきこもりサークルは、今こそ有効なのです。なのに、ひきこもりサークルは絶滅しかかっている。略 さらに世界的な大不況が、ひきこもり不況に追い打ちをかけます。働きたくても働けない人に擬態して、世の中の厳しい視線をくぐり抜けて生きることが、可能なご時世じゃないですか。失業者の群れに紛れ込むなどたやすいことです。求職中の人がこんなに多い時代も珍しいでしょう、大学浪人していた頃の安心感を思い出しました。社会的に公認された無職のありがたみを感じます」。

 ひきこもりは、従来のひきこもり支援による「社会復帰」を目指すのではなく、ひきこもり本人の本当の嗜好にあった生き方、ひきこもりライフの質の向上をめざすべきだとする。障害者年金、作業所での経験、ブッダという最終形態?まで、その実践的な話題にも事欠かない。最近、読んだ本では西原理恵子氏の著作と並んで最も有益だった。

 太田出版から7月末に出る予定で、僕が読んだのはそのプルーフ版、なので実際と違う可能性もあるが、多くの人が読むべきだ。ただしひとつだけ心配がある、著者の諧謔味と、批判精神と、その経験値ゆえに、文章の「真意」を読み手が捕らえ損ねる可能性もあるからだ(僕もその可能性があるだろう)。それだけ本書は複雑でもあるだろう。

 著者のブログ:http://ponchi-blog.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/719-b341.html