拝啓 野田佳彦さま

このたびは民主党代表選挙での勝利、おめでとうございます。
新首相として、立会い演説会で力強く訴えた「円高是正、デフレ脱却、経済再生」に向けて、全力で取り組んでいただくことを期待します。

さて、本格的な円高対策を行っていただく前に、是非とも頭に入れておいていただきたいことがあります。すでにお気づきかもしれませんが、日本円の為替レート言うのは刻々と変化します。実は、40年前に固定相場制は終わり、変動相場制になっていたのです。この事実にひょっとしてまだお気づきでないかもしれないと思い、今日はこのことだけを伝えたくてこの文章を書きました。

というのも、財務大臣としてのご発言から察するに、変動相場制の国において為替レートが通貨の発行量でほぼ説明可能であるという事実にまだお気づきでないのではないかという疑問がわいたからです。

為替で投機的な動き注視、円高対策に予備費活用も=財務相
http://jp.reuters.com/article/forexNews/idJPJAPAN-22816820110823

こちらの記事において、「EUも米国も厳しいが、相対的に円にきているということだろう」と円高の原因が外国にあるかのような認識を示されていますが、申し訳ないことにそれは完全な間違いです。

変動相場制のいま、為替レートは各国の金融政策のスタンスでほぼ決定します。マーケットの言葉で言えば、要は需給関係が最も大きな決定要因です。ご存知の通り、欧米各国はリーマンショック以降通貨発行量をそれ以前の2倍~3倍程度に増やしました。これに対して我が国の中央銀行である日本銀行は、ほとんど通貨量を増やしておりません。

市場においては希少なものは値段が上がります。日本円の発行量が他国通貨より少なければ円の価値が上がって円高になるのは当然です。
ただ、ここでひとつ気をつけなければいけないのは、市場はあくまで相対的な通貨量の変化が拡大傾向かどうかを判断しているのであり、「現金残高の絶対量」を見ているわけではないということです。

市場価格は将来の予想を織り込んで決まっていくというマーケットの大原則についてもご理解下さい。カード文化が定着しない日本では、現金決済が主流であるため、現金の絶対量そのものは他国より多いのです。問題はそんなことではなく、リーマンショック直前を1としたときに、相対的にどこまで通貨供給量を増やしたかという金融緩和姿勢にあります。日銀や財務省の説明を鵜呑みにするのではなく、ぜひ、ご自身の中で思考してみてください。

このような前提から考えて、いま財務省がまとめた円高対策では円高問題の根本を解決することはできません。外貨準備を使って国内産業の海外投資を促進することは、円高を前提として産業の空洞化を促進するだけです。このような小手先の対策より、日銀に海外の中央銀行に負けないぐらい勢いよく通貨を発行させるほうが圧倒的にコストが小さく、実効性のある円高対策ができます。

しかも、この状態で増税することは、民間市場から政府への資金シフトを意味し、市場において円通貨の希少価値はますます上がってしまいます。マンデル=フレミング理論によれば、金融緩和なき増税、大規模財政政策は自国通貨高を招きます。結果的には、多大な犠牲を払って外国に貢ぐような結果になるのです。

総理大臣は国民を守るのが仕事です。しかし、いくら気持ちの上で国民を守りたいと思っても、間違った情報や理論に基づいて政策を実行すれば、その気持ちとは裏腹に国民に痛みと苦しみだけを与えます。対米開戦という歴史上一番間違った判断は、ソ連、中共の工作員によってもたらされた偽情報と巧みな世論誘導によって引き起こされました。ゾルゲ事件、企画院事件をこの平成の世で再発させてはいけません。デフレ下での増税は、対米開戦の判断と同じように、日本を滅ぼす誤った判断になるでしょう。

野田代表におかれましては、くれぐれも特定勢力からの偏った情報や理論だけに惑わされることなく、広く国民の声に耳を傾けて今後の政策判断をされますよう、心からお願い申し上げます。

ぜひ、日本をこの超円高、デフレから脱却するリーダーシップをお執りください。

平成23年8月30日
経済評論家
中央大学ビジネススクール客員教授
勝間和代