ジョージ・A・アカロフ&レイチェル・E・クラノトン『アイデンティティの経済学』(東洋経済新報社、山形浩生&守岡桜訳)は、野心的な著作である。なぜ野心的か。それはいままでの経済学は「自分がなんであるのか」というアイデンティティについて(例外はあるものの)最近までほとんどまともに考究していなかったからだ。

 まず本書でいうアイデンティティは社会的な文脈で理解されているものだ。例えばアイデンティティは、自らがどんな社会カテゴリーにあてはまるか、という形で人の行動動機に影響を与える。なぜなら社会カテゴリーが違うと、それに伴う行動動機に違いが生じるからだ。この違いは、主にその社会カテゴリーによる「規範」や「理想」によってもたらされる。

 アカロフらは、「行動が規範や理想と合致したときの利得、あるいは合致しないときの損失を表す「アイデンティティ効用」という概念を持ち出し、それを通常の効用と区別する。そしてアイデンティティ効用には、外部性が含まれる可能性を示唆している。例えば他人が「おまえはオタクだ」と批判的にいった場合、その人はその発言によってアイデンティティ効用において損失が発生するかもしれない。また規範を通じて個別的な嗜好(性別による喫煙の嗜好など)も変化し、内面化されていく可能性がある。

 人はアイデンティティを選択できる場合もあれば、またまったくそういう選択の機会に気が付かない場合もある。また社会的な構造がアイデンティティの選択の幅を制約している場合もある(年齢、性別、民族など)。またアイデンティティの選択は個人の選択だけではなく、むしろ社会からの相互関係の中で選ばれることに注目すれば、アイデンティティと規範は相互作用を及ぼしあうかもしれない。例えばある人物がそれまでの規範を逸脱する行為をした場合に、規範自体が変化することもある。

 「アイデンティティ経済学では、人々が規範に従うのは、たいがいの場合、そうしたいからだと想定する。彼らは規範を内面化してそれに服従する」49頁。

 本書の第一部の最終章(第4章)の最後部はいささか性急すぎる。そこでは経済学の規範の位置(繰り返しゲームの中での規範理論、シグナリングモデルとしての規範、「社会のセメント」としての規範など)を足早に説明している。アカロフは規範自体がどこからくるのか、という観点で、経済学にあらたな要素を導入している。米国の陸軍士官候補生は、倫理規定を、規範を信じている(信念をもっている)ことによって、それは規範になるし、それがない場合には規範は崩壊するという。これがアカロフたちの立場であり、ヤン・エルスターの「社会のセメント」論と類似しているという。便宜的にここではアカロフの規範ー信念理論としよう。

第二部はアイデンティティの経済学を4つの実例に即して解説した内容である。僕には最初のケース(士官学校や労働市場のケース)は非常になじみの深いテーマ。拙著の『日本型サラリーマンは復活する』(NHK出版)でもとりあげた社会資本(本書ではこれを「忠誠心」としている)が、賃金の下方硬直性の由来であるとか、あるいは賃金格差があまりなくとも人々はやる気を刺激される、といった制度の説明として利用できる話。ここらへんの話題は実証も豊富であり、本書でもいくつかの業績について注意を促している。

 ここでは最後の実例である「差別と社会的排除」について簡単にまとめておく。数日前に研究会が行われたがそこでテーマになったグンナー・ミュルダールはかってアメリカの黒人問題を『アメリカのジレンマ』としてまとめた。本書でも黒人問題(貧困、犯罪率の高止まり、失業問題、教育環境の劣位など)が存在していることに注意を向けている。

 アカロフは、ミュルダールが採用した戦略(正のフィードバック効果の存在=累積的因果関係論)と同じ観点でアイデンティティの経済学を構築する。簡単に言うとある人が差別する行為は他者に影響を与えて、それは社会全体に累積的な波及効果を及ぼす(もちろんそもそも差別した本人もその差別感情をさらに強化していく)、という視点だ。例えば最初の差別をうけると、その人はもう差別してきた集団にあえて溶けもこうとはせずに、差別されている集団に属することをよしとする。もちろんアカロフはそもそも差別した集団や人々に差別の由来があることを指摘している(歴史的経路依存性)。

 まずインサイダーとアウトサイダーの区別が重要である。ある集団と自分とを同一視する人をインサイダー、しない人をアウトサイダーとする。例えば黒人問題についていえば、白人はインサイダー、黒人は白人集団に溶け込んでしまうとそれはインサイダーになるが、そうしないで距離を置くとアウトサイダーである。

 アカロフたちのモデルは二段階のプロセスを踏んで説明されている。

プロセス1:黒人と白人の労働者がいて、個々の労働者が所定の賃金で働くか働かないかを決める。

プロセス2:社会的カテゴリー、規範と理想、アイデンティティ効用の損益の確定をする。

 社会的カテゴリー:白人労働者はインサイダー、黒人労働者はインサイダーになるか、あるいはアウトサイダーになるか、というアイデンティティを選択できる。

 規範と理想:規範がインサイダーに企業で働くように命じる。対照的に、アウトサイダーは、あまり服従すべきではないと感じる。黒人労働者は3つの可能性から選択する。1)インサイダー、2)働くアウトサイダー、3)働かないアウトサイダー。各々のもたらす賃金と自尊心の水準は異なり、それがアイデンティティ効用の損得を構成する。

 アイデンティティ効用:以下のように整理

a:インサイダーを選んだ黒人は、白人に受け入れられないので自尊心を否定

b:働かないアウトサイダーは自尊心を保つ。働くアウトサイダーはa.のケースのように溶け込むことを拒否されて自尊心にダメージをうけるのではなく、白人のためや彼らと協力して仕事するということ自体でアイデンティティ効用を損失。

c:外部性の存在・インサイダーを選択した黒人労働者は、ほかの黒人労働者がアウトサイダーになることを選ぶと効用を失う。またアウトサイダーを選んだ黒人労働者もインサイダーを選んだ人のために効用を失う。同時に、選んだアイデンティティの違い(ここでは三種類)から不承認や排斥など社会的排除に直面する。

 例えば上記のモデルをつかい、正のフィードバック(ミュルダールの累積因果関係論)の実例として、アカロフは以下のような事例を指摘している。

「モデルでは、賃金の低下につれて、ますます多くの黒人労働者がアウトサイダーになることを選ぶと予測されている。労働と尊厳のトレードオフで尊厳が勝てば、もっと多くの人間がアウトサイダーのアイデンティティを選ぶことになる。さらに、私たちのモデルでは、インサイダーのアイデンティティを選ぶ黒人たちが近隣から出ていくと、残された黒人たちのアウトサイダー比率が高まり、そのためさらに多くのインサイダーが近隣を出ていくことになる。居心地があまりに悪いからだ。(『アメリカ大都市の貧困と差別』を書いた)ウィリアム・ジュリアス・ウィルソンは、都市部の黒人地区の貧困と機能不全の主な原因は、低賃金と黒人中産階級の転出だと主張している」150頁・

これらの差別と社会的排除の問題についてどのような対処が考えられるか? 理論的な要請からは次の3つ。

1:インサイダーの理想から黒人と白人の区別をなくすこと。

2:黒人であることの意味をかえること。家族、教育、女性の尊重、薬物やアルコールの節制を支持する価値観変化を促す

3:フィードバック効果の抑制:公的政策(アファーマティブ・アクション<差別撤廃のための被差別者強制採用枠の義務づけ措置>の見直し、職業プログラムの再構築など)の工夫での抑制。例えば、アファーマティブ・アクション政策がかえってアウトサイダーのアイデンティティ選択をより促してしまう可能性への配慮、あるいは職業プログラムでの訓練だけではなく、訓練を受ける環境を外部の誘惑から遮断して、例えば施設に隔離してそこで集中的に学習させたほうが価値観の転換をも促すとか。

ちなみに上記の話はすべてカルト的な集団(宗教団体、閉鎖的な日本銀行のような組織)の話に転用することができる。上のアカロフの話は「黒人問題を解消する」というアイデンティティ経済学の社会的な望ましさを増進させるかもしれないが、他方で、同じ枠組みと処方箋で、カルト集団に属することの望ましさを増進させることも可能になる。しかもこのときカルト集団に属すること(カルト集団のインサイダーになること)がかならずしも、インサイダーになることを選択した人にとって悪いとは言い切れないことだ。もちろんそのカルト集団が反社会的な行為をもたらすとすれば、それはまた別問題だろう(他方で上の枠組みを利用すれば、カルト集団に属さないでは満足に生活することができない人を僕は主に言及していることに注意)。だがここに非常にやっかいな問題がでてきそうだ。
アイデンティティ選択にかかわる差別や社会的排除を解消する同じ処方箋が、同時にカルト的なもの、「暴力」的なものを生み出す根源を形成する処方箋としても容易に機能することができる。この二面性については慎重に議論していく必要があるだろう。
 たとえば、閉鎖的な組織(カルト組織、テロ組織など)からの退出の自由を確保しなければいけない。それに伴う「声」の役割も重要だ。たとえば、カルト集団がどのような組織で、何をやっているのかを世論に開示することができるいくつもの経路が重要になってくる。それに公的・私的な介入が必要であることはもちろんだろう。これらは、おそらくアイデンティティが単一ではなく、一人の人間の中に複数あっても不思議でもない、それがあたりまえである、という事実を支援するものだろう。

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