今回から断続的に、さまざまな分野の人たちとの対談をお送りしたい。これは最近、僕と若田部昌澄さんの監修、そして藤田菜々子さんの訳で世間に出した『グンナー・ミュルダール』(勁草書房http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4326598913/)をきっかけに、その本の中心テーマである、さまざまな価値判断との対話を試みたいと思ったからだ。そしてこの地味だけどすぐれた経済思想史の本をひとりでも多くの人に読んでもらうきっかけになればと願っている。

 さて第一回のお相手はマンガエッセイストの川原和子さんである。川原さんのマンガエッセイは、僕のマンガの師匠といっていいぐらい学ぶものがありまくりである。著書の『人生の大切なことはおおむね、マンガがおしえてくれた』(NTT出版、http://www.amazon.co.jp/dp/4757150652/)や、ブログ(マンガラブーhttp://mangalove.seesaa.net/)や長年やってらっしゃるNTT出版のwebマガジンに連載中の「此れを読まずにナニを読む?」(伊藤剛さんと。http://www.nttpub.co.jp/webnttpub/contents/comic/index.html)を中心に、本当にいろいろ教えてくれて、それにとても優しい! 今回、こんな異分野の対談で、しかもタダ!(笑)というむちゃな企画をうけてくれる人としてまっさきに川原さんが脳裏にうかびました。まるで善人につけこむ悪代官みたいな僕ですみません。というわけでまたまたマンガのご教示をうけるべく始まった対談ですが、冒頭から予想もしない方向で幕があけました(笑)。

川原:田中さんにうかがいたいことがあるんですが。
田中:いきなり僕に質問ですか(笑)。
川原:マンガに何を求めているんでしょうか。
田中:娯楽ですよ。
川原:えー、娯楽なんですか(笑)。
田中:ほかに何を求めよとw
川原:ご自身でもいってらっしゃいましたけどご専門が経済ですよね。それでこれだけマンガを読まれるには何か特別な理由がおありじゃないかと。
田中:答えになるかわかりませんけど、小学生のころに、マンガがとても好きで、近所の本屋にある少年マンガはあらかた読んでしまいました。それで手を出したのが『ガロ』。僕が小学校1年くらいだから、当時、『カムイ伝』の連載中でした。『カムイ伝』を読むために『ガロ』は読んでた。でも漢字にはルビがふってないので、自分で勝手にルビをふって読みました。妄想ルビ(笑)。勉強代わりでマンガ読んでたのかも。
川原:早熟ですね。
田中:でも少女マンガは読んでないんです。あれは女の子のものと思い込んじゃってる。だから早熟というよりも単に視野が狭いだけで、勘違いしてそっちの方にどんどん進んだだけだと思う。
川原:これもお聞きしようと思ってたんですけど、田中さんほどの仕事量をこなされているのに、お弁当とかごはんけっこうつくられるでしょう? それがどうして可能なのかなあ、と。
田中:適当に手を抜くからですよ。真剣につくると煮詰まる。つかれたら手抜きでインスタントやコンビニにおいてあるのも利用したりするよ。真剣に食事はつくらない(笑)。
川原:そんな(笑)。家事は全くやらない男性もまだ多いのに、食事づくりなんて面倒なことを当然のように担当されるのはすごいと思って。
田中:苦手なものはやらないです。苦手なことやると人間湯気たっちゃう。子供ができたばかりのころ、最初は嫁さんは育児休暇で家で子育てしてました。で、僕が帰宅すると嫁さんから湯気があたかもたっているような感じがする(笑)。赤ん坊とふたりだけの空間で煮詰まってる。だから方向をすぐ転換して、嫁さんには仕事にいってもらい、他方で民間の子育て支援みたいなサービスを探しましたね。お金で解決できるものは極力利用して、なるべく重いものをしょいこみたくない、という感じで子育てはやってきたと思います。不完全ですね、かっこなんかぜんぜんつかない。
川原 そうか、割り切りが重要なんですね。でも「湯気」を関知できて、その上現実的な対処までなさるのはさすがです。
田中 抱え込むのが嫌いなだけなんでしょう。
川原 危機を事前に回避しているんでしょうね。田中さんは益田ミリさんの『どうしても嫌いな人――すーちゃんの決心』を、ブログでこう書いてらっしゃいますね。「益田氏の作品には最近はまりまくり。この作品も始終あるよなあ~と思いながらも、この作品は教員がゼミや講義を行うときの必読本にもなるなと思った」と。これはなんででしょうか?
田中 人との関係性って煮詰まるとまずいじゃないですか。なるべく負担を減らすのが重要かなと。場合によれば関係を捨て去るのも大事。例えば、学生でも家族や友人に拘束されている人が多い。家族のことを考えてしまい自分の能力に合った進路をとれない学生も多い。人間関係だけでなく、不況が深まってお金にとらわれる学生も多いです。人間関係やお金への執着からフリーになるにはどうするか。益田ミリさんのマンガはその意味で参考になります。『どうしても嫌いな人』は、はじめはどうしてそんなに嫌いなのか実はよくわからない。しかしページをめくっていくと、「嫌いな人」はすーちゃんの勤めているカフェのオーナーの親戚で、しかもすーちゃんが店長さんなのに勝手に人員配置は決めてしまうし、露骨にオーナーの親戚の地位を利用した発言をつぶやく。本当にレベルの低い嫌な奴(笑)。すーちゃんは結局、お店をやめる決心をするんだけど、それは決してハッピーエンドというわけではなく、新しいところにいっても人間関係もお金の面でも不安定には違いない。でも彼女はその選択をする。そこが人間関係の執着とか拘束に直面している若い人に役立つかもしれない、そう思ってます。
川原 家族関係で煮詰まりたくない、というのは大人向けのコミックの肝のひとつかもしれない。
田中 僕の家よりも、川原さんの家の方がいいモデルだと思う。いつかおふたりを主人公にしたマンガがよみたい。
川原 心が通じ合わない夫婦(笑)
田中 いや、それがいいかも。過剰密着をさけるのでもいい。
川原 たしかにうちは煮詰まりにくい関係ですよね、夫とは。「あなたのこういうところがよくない」と怒っても、夫は「あ、ごめんきいてない」とか(笑)。健全な薄情さをもっている気がします。
田中 あ、うちもそう(笑)。真剣に向き合うとつらいこともあるじゃない。
川原 つらいですね。
田中 そういう意味で益田ミリさんの作品はいい。
川原 ミリさんの絵は、あの絵だからいいんですよ。
田中 目が点だからいい。目力とかあると違ってしまう。それと益田さんとは絵が違うけど、『失恋ショコラティエ』でも、主人公が負の感情を別な方向に転換しているのがいい。『失恋ショコラティエ』は、主人公が女性にまさに使い捨てみたいにされる。でも、あきらめられない。で、ふった相手にみとめてもらうためにフランスでチョコレートの職人になって凱旋する。そしてふった相手が結婚してても、まだあきらめきれずに彼女の心を得ようと頑張ってしまう話。要するにこんな書き方不謹慎かもしれないけど、「いいストーカー」(笑)みたいな話。
川原 まさに負の感情をビジネスの推進力にしてますよね。
田中 感情の転換の見本ですね。
川原 作者の水城せとなさんの絵は人物も端正で、チョコレートもおいしそう。白と黒だけであんなに官能的にチョコレートが描ける。主人公の爽太君はチョコレートにいろんなものを込める。それがとても淫靡。水城さんはあまり愛というものを信じていない。愛というものの幻想を解体するような作風ですね。煮詰まったら地獄、エゴの世界じゃないかと。爽太君がずっと想ってる紗絵子さんは、客観的には美人じゃない。でも爽太くんには妖精にみえて、みえみえな彼女の罠にも簡単にはまってしまう。
田中 作者が主人公とは違う周囲の客観的な視線をいれているのがいいですね。いま川原さんがいわれた、爽太くんにとっては妖精でも、実はまわりの登場人物たちからすれば紗絵子さんは妖精でも美人でもない、という視線。旧来のマンガは、例えば主人公とその思われる相手が、お互いがお互いにどうみえるのかで構成されてる。ほかの登場人物の視線はおまけ。でも水城さんのマンガは、「おまえらそんなに煮詰まっているけど、まわりからみると変だよ」という視点をいれて、視線の複数性を担保している。
川原 えぐい話なのに結構よめちゃう。水城さんは人の心の暗いところを描くのが本当にうまい。
田中 ほかの作品もそうなんですか。
川原 わりとそうです。主人公だけにあまり過剰に心がこめられてないのがいい。切り分けているんだと思います。そして例えば、野村知紗さんの『看護助手のナナちゃん』。この主人公も丸に点々みたいな顔をしている。介護は厳しい世界なので、リアルに描かれるときついけど、そういう絵で描かれるとおとぎ話ぽくなる。闘病ものは、うまいへたではななく、表現レベルが抽象化されているほうが読みやすい。田中さんに読んでいただいた雑誌『Lee』のエッセイマンガの特集(2009年五月号)でとりあげましたが、中村ユキさんの『わが家の母はビョーキです』も文字で切々と書かれたら苦しすぎるかもしれないけれども単純な表現なので読めてしまう。
田中 マンガのいいところですね。ハードな経験でも読める。やはり理解しあうというのは重要です。細川貂々さんの『ツレはパパ一年生』は、おじさんがよんでほしい。50,60歳の。リアルで子育てしたことが事実上ないようなおじさんは多い。想像力が働ないない。マンガを読むことで少しでも子育ての疑似体験すべきですね。
川原 それとっても大事ですよね。
田中 細川さんのところも仕事を夫婦ともに抱えながらやるでしょう。はじめは分業でうまくやれると思ってるんだけど、次第に煮詰まってくる。
川原 赤ちゃんを育てるって非人間的といっていいくらい不合理じゃないですか。一日24時間拷問みたいな側面もある。一日家にいて子育てだけしていいな、という人がいれば、おまえやってみろや、と。
田中 マジ、やってみろやと(笑)。赤ちゃんのぐずりとか遺伝子レベルで響きますからね。まるでギャオスの超音波攻撃(笑)。育児マンガは本当によくできているものが多い。そういうのを読んで共感を得ていくのは重要ですね。
川原 育児はいちばん近い不条理。むこうの意向をこちらとしてはくむしかないじゃないですか。そんな体験ってちょっと他にない。
田中 絶対的なクライアント。
川原 と言いつつ、実は私も育児経験はないのですが(笑)。すぐれた育児マンガを読むと、育児のしんどさの「質」が伝わってきます。子どものかわいさとは別の問題として。育児でも本当のリアルな体験を描くと共感できる人は限られてきちゃうじゃないですか。
田中 そうですね。世の中のおとうさんは無知ですから、マンガが共感のツールとして役立つととても助かる。
川原 田中さんのご専門の経済学にひきつけると、これだけ育児ほど経済効率悪いものはないじゃないんでしょうか。
田中 『子育ての経済学』というのがあるんですが、これを読むと著者はなるべく効率性を重視して書いてるようだけど、ほとんどそうじゃなくても読めます(笑)。で、経済学者というといま川原さんのおっしゃったように効率性の魔物みたいなものです(笑)。この対談のきっかけであるミュルダールは夫婦でノーベル賞をとったんです。ところがその息子は、親に精神的に迫害されたと。エリート夫婦は親としては失格だと告発しました。お父さんの方のミュルダールは、経済効率性だけではなく弱者にやさしい仕組みを重視していました。なのに息子から「家庭内の弱者の僕を虐待しただろう」と。
川原 厳しい。親からすると立場ないですね。
田中 一番身近な人間の共感に失敗して、おまえら何やってんだと(笑)。でも、家族関係をうまく分業して、効率よくやっていけない人は多い。そんなときは失敗にこだわらない姿勢が重要じゃないかな、と思います。僕は自分の体験では、親が離婚しているので破たんした家族しかモデルはないんです。「ああなりたくない」と思いながらも、その思いにひきずられると、逆に100点満点をめざす執着が生まれてしまう。それもマズい。
川原 そうなんですよ。「ああなりたくない」モデルを意識しながら「そうならない」のは、実は難しい。
田中 どのくらいいいかげんにするかが重要だと思うんです、そういうことに気が付いたのがマンガや映画なんです。完全な回答はない。自分を追い込まない。
川原 私も含めて、ちゃんとやろうとすると苦しくなっちゃう人もいる。自分の抱えている問題に集中しすぎるとほかのものがみえなくなるので違う可能性を提示する、これは大事なことです。田中さんがマンガや映画からそういう点を学んだというのがとても印象深いお話だと思います。マンガや映画って、ちゃんと人生に役立つ、と(笑)。

2011年9月下旬 セルリアタワー東急ホテルラウンジにて対談

川原和子著『人生の大切なことはおおむね、マンガがおしえてくれた』(NTT出版)