前回の川原和子さん(マンガエッセイスト)ではじまった、「ミュルダールを超えて」。この企画はさまざまな分野の人たちとの対談をして、自分の価値基準とは異なるものを積極的にみていこうという企画です。これは最近、僕と若田部昌澄さんの監修、そして藤田菜々子さんの訳で世間に出した『グンナー・ミュルダール』(勁草書房)をきっかけにしたものです。
 さて第2回のお相手は、ライターの速水健朗さんです。速水さんは最近、『ラーメンと愛国』(講談社現代新書)を出されたばかりです。今回はこの本の内容とそれを踏まえた今後の展開など、面白い話題が次々に出てきます。しかし、話題の多様性も面白いのですが、「たったひとつのこと」を追求している速水さんの姿勢がわかり鮮烈な印象をもった対談となりました。

速水:僕が最近、興味をもって読んでいるのが、アメリカのベストセラー作家であるマイケル・ルイスの著作です。例えば、『マネー・ボール』は、人材を発掘してきて強いチームをつくるというアスレチックスのGM、ビリー・ビーンの手腕を題材にしたノンフィクションです。彼は、人気のある選手ではなく、数字をみて結果を出している選手を起用して強いチームをつくる。印象だけで野球をマネジメントしていたのとはまったく違うものが見えてくるという、従来の常識を覆す部分がおもしろいんです。田中さんがTwitterで経済学者にも評価がたかいといわれて、「なるほど」と思いました。レヴィットの『ヤバい経済学』なんかと構図が似ているんですね。そして、いま読んでいるのは、彼の『世紀の空売り』です。ごく一部の人しか予見できなかったといわれている世界金融危機も、ちゃんとデータをみてたアナリストはあたりまえに予測していたということを書いていて、『マネー・ボール』と同じことを、違った業界を舞台に描いている。ルイスは、大リーグと金融界というまったく違った世界を、同じテーマで描くんです。こうした分野の越境の仕方は、同じ物書きとして刺激を受けますよね。
 僕は、こうした書き手の題材の取り方、スタンスに興味があります。その意味では、田中さんは日本銀行の金融政策を批判している硬派な経済学者でもあり、同時に冬ソナやAKB48を題材に経済学の本を書いているように、サブカルチャーの分野にも関心を示しています。どういう意図を持って、題材を選んでいるのか、そこのところを聞いてみたかったんです。

田中:え、まず僕に質問なの(笑)。その核心の前に、やはり今回の速水さんの新刊『ラーメンと愛国』で面白かったところなんですが、マクロの視点とミクロの視点が見事に交差していると思いました。例えば、マクロの視点では、フォードシステムの誕生からその日本への移植のあり方、それと並行的に描かれているミクロの視点である安藤百福のラーメンの工業化のエピソード、これはフォード的なアメリカ大量生産システムの日本への移植のひとつのパターンとして考えることができる。さらにこの日本的なラーメンの進化は、工業化のスタイルの変容だけではなく、本書にでてくるいまのラーメン店の人たちが、みんな作務衣をきて仕事をする。なかには人生訓を高らかに掲げるというラーメン店のミクロ的な風景の変化を巧みに解明していて非常に興味を持ちました。

速水:どうもありがとうございます。僕がラーメンを題材にしたのも、大上段から物事を取り上げるんじゃなくて、もっとも身近なモノから掘り下げるということをやりたいからなんですよ。さっきの『ヤバい経済学』では、大相撲の八百長をあぶりだすといったような人の興味を引く対象に対して分析を行うことで、経済学の切れ味を見せつけるじゃないですか。僕は、この対象の取り方ってとても重要だと思ってるんですよ。日本の経済学者が取り組む本って、「現代日本」「大恐慌時代」「グローバル社会」とか国難レベルの大状況に対して、はじめっから大上段から鉈を振るって責めていこうとするじゃないですか。もっとおもしろいアプローチを期待しているんですけどね。

田中:確かに日本の経済学で一般に話題になるのは概してマクロ的な問題ですね。『ラーメンと愛国』は、経済学で分析可能な話題といえます。ラーメン店で行列する人の分析とか。

速水:ラーメン屋に人々が並ぶ行動を機会費用の損失という視点で考えてみるという、田中さんが本で書かれてたネタですよね。かつての共産主義時代のソ連の人々の行列とは、意味合いが違うわけです。そんな具合に、身近な題材におもしろいテーマはあるはずですよね。ATMのピーピーいう過剰防犯の警告音がもたらす社会的損失とか、そういう日常の気になる題材がいくらでもある気がします。

田中『ラーメンと愛国』の中でも「ラーメン二郎」を愛するジロリアンの話があって、あれもきわめて日本的なものに思える。味のうまさとかそういう問題じゃなく、なぜか熱狂的なファンがいる。

速水:ジロリアンのラーメンへのこだわりとかって、通常の飲食店と客の間に発生する経済行為とは違いますよね。むしろ、いまどきのアイドルの消費の仕方に近い気がします。

田中:そう。暇の使い方というかレジャーの在り方として似ている。日本のアイドルは踊りも歌もそんなに上手じゃない。でもコアなファンがつく。ジロリアンも同じで、ラーメン自体のうまさだけのファンじゃない。なぜこれらが消費されるのか。

速水:経済学って、人は経済合理性に従って行動することを前提とするじゃないですか。でも、アイドルやラーメン二郎のケースはまったくそうなってないに見えます。でも、彼らにとってはそういう消費行動をとる合理的理由があるはずなんですよね。

田中:それは本当に根源的な問いですね。経済学は「なんで」という問いは実は苦手。経済学では次の一手にどのような行為をするか、ということに注目するだけで、その一手がどのような動機で採用されたのかは、あまり注目しない。ほぼ金銭的で合理的な動機だけにしぼる。そうなると味や空腹をみたす以外の動機でラーメンをなぜたべるのかわからない。なぜ特定のラーメンを応援するのか。その問いに答えるひとつの方向というのが、この対談企画のそもそもの趣旨であるグンナー・ミュルダールだとか、あるいは最近ではアカロフやクラントンの『アイデンティティの経済学』が取り組んでいる問題だと思う。彼らはアイデンティティとか内発的な動機とかに注目してます。例えなぜ差別がうまれるのか、それをアイデンティティの選択として説明している。僕はそれを「物語消費」とか「こころの消費」とかいってますが、未熟なアイドルとファン=消費者が一緒に成長していくという物語を消費していく。あるラーメン店のお店としてのアイデンティティと、それを食べる人とのアイデンティティが重なることで、ひとつの「物語」が成立して、それを消費していくという視点。簡単にいうと、生きがいそのものが消費対象になっている。

速水:何か新しいことが起こっている。それを経済学で解き明かす。こういう題材の取り扱い方にはとても興味があるんです。例えばこれはクリス・アンダーソンが『フリー』なんかでやっていることです。あれは、ネット時代の限界費用の話と内部相互補助で、いまどきの有料モデルのオンラインサービスの仕組みを説明するという本ですよね。しかも、ジャーナリストが書いている。経済学とジャーナリズムの中間的な分野でのヒットが、翻訳本では結構出てますよね。主に山形浩生さんの翻訳するタイプの本なんかですけど。

田中:さきほどの『アイデンティティの経済学』も山形さんが訳していました。

速水:日本ではジャーナリストというと、元新聞記者であるか、もしくはジャーナリズムそのものを扱う人のことになりがちなんですよね。オールマイティになんでもできる人のイメージが強いですし。僕のように、ケータイ小説とかショッピングモールとかラーメンの歴史とかの周辺分野をちょいちょい調べて題材にしている人間は、ジャーナリストからは遠い存在です。一方、学者になると専門家になりすぎてしまいます。学者とジャーナリストの中間とか、アメリカにはそんな感じの書き手がいますよね。トーマス・フリードマンとか『ハイ・コンセプト』のダニエル・ピンクとかそういう人たちが。それに値する人たちが日本にいるだろうかっていう。日本の経済学者でも、越境的な人ってあまり思いつかない気がします。

田中:経済学者でいえば、関心がどうしても専門だけのタコツボ化してしまってる。オーダメードなテーマに新しい手法を応用することをルーチンとしてやるだけなのが職務になってます。それと日本人はなんでも最初にやるリスクをこわがる。

速水:それで最初の問いに戻りますが、そもそも田中さんが韓流ドラマからはじまって、それでAKB48やももクロとかを経済学の関心にクロスさせてるテストケースだと思います。まあ、好きだからと言うのもあると思いますけど(笑)、あくまでも題材として戦略に使ってるんですよね。

田中:ひとつは、いまの学生たちに新しい素材を提供したかったこともあるね。特に日本の経済学の教科書はあまり日本的な話題もなく、あってもマクロ的な話題だけ。身近なところから話題をとるという姿勢がなく、ほぼミクロ的な話題は海外ものを再利用しているだけです。それを改善したかったのがひとつ。もうひとつは、自分の日本経済思想史の関心からでてきた。経済と文化領域の接点として、それこそ「日本的なもの」をみてみたい、という気持ち。戦前にも文化と経済学をクロスしたものがあったし。

速水:それはどのへんになるんですか。

田中:もともとウィリアム・モリスとかラスキンの影響から初めてました。その影響とはまた別に、関東大震災のときに、日本の経済学は本格的に始動したと思うんだけど、同時に文化の重要性に気が付いた経済学者も生まれました。当時は震災で、今日と同じように文化行事の自粛がいわれてた。それに対して慶応義塾の小泉信三が反対した。

速水:お、『ラーメンと愛国』にも小泉信三は取り上げています。

田中:そうでしたね。小泉は関東大震災以後、慶応のテニス部の発展に尽力したり、歌舞伎など文化活動に積極的に関与していきます。例えば、彼は、当時の雑誌に、震災後のいまこそムダな消費を増やせといっている。それがまさに震災後の復興に貢献するからと。

速水『ラーメンと愛国』でも書きましたが、小泉は「テニスコートの恋」という脚本を書いた人物として、戦後の自由恋愛を推奨したのと同時に、軽井沢、避暑地というアイテムを提示して、レジャーの推奨を行ったと。そういう小泉信三のレジャーへの思い入れの原点は、震災後にまで遡ぼれるんですね。

田中:そうです。自粛して経済自体が縮小してしまうことで復興がおじゃんになるということを問題視してましたし、またムダな消費をまさにムダなものとしてみなしていたマルクスや古典派と自分の態度の差異を強調することにもなったんでしょう。ムダな消費、つまりサービスやレジャーに使う消費はムダじゃないと。また速水さんが指摘されたように、小泉は「テニスの王国」として日本のレジャー化を推進した。これは「軽井沢の恋」もそうですが、一種の物語消費を生み出し、それは天皇制と切り結ぶことで強固な物語消費となり高度成長の「神話」となりました。また小泉はレジャーに、テレビ的要素を意図的に利用したと思われます。こういった小泉の物語消費の戦略は、チキンラーメンの生みの親である安藤百福のやり方と並行的ではないか。彼もメディアミックス戦略を重視していた。その意味ではAKB48の総合プロデューサーの秋元康氏の先駆かもしれない。

速水:秋元康氏と小泉信三がつながるのは面白いです。僕の興味の対象につなげると、ジャニーズなんですよね。ジャニー喜多川という人は、アメリカのショービジネス、ブロードウェイに憧れていて、宝塚を見本に日本版のショービジネスを生み出していった人です。接続すべきは、鉄道、都市計画の延長でショービジネスを手がけるようになる阪急の小林一三ですよね。ここにも日本のレジャーの原点のひとつがあります。ジャニーズの場合、CDを売ることは二の次三の次で、ブロードウェイレベルの完璧なショーをこなせるエンターテイナーを育てることが最終目標なんですね。なので、最も成功の理想に近いのは、嵐でもSMAPでもなく、少年隊なんですね。ジャニーズのグループは、ちょっと人気が出たからといってすぐにCDデビューさせずに、訓練を重ねてさせます。じっくり実力を育ててから、満を持してデビューさせるんです。

田中:なるほど。ジャニー喜多川氏のアンチテーゼとして秋元氏はいるのかも。ジャニー喜多川氏は、常設の劇場でやりたいと思っているが、今は未完の課題。たぶん彼は帝劇みたいな大規模な箱ものでやりたいと思っている。ところが秋元氏は、秋葉原のドンキホーテの上に劇場をわりと低コストで運営している。そして地方にも似たような低コストな劇場をポンポンつくる。またデビューの仕方も対照的で、ジャニーズはレッスンを重ねて時間をかけて本格的にデビューさせるけど、AKBは研修生とはいっても事実上土俵は先輩たちと同じ。あとアメリカに対するスタンスでもジャニー喜多川氏と秋元氏の差異は興味深い。秋元氏には自伝的な作品で『さらば、メルセデス』というのがあるけど、あれはアメリカ的な成功物語への夢とその放棄として読める。アメリカ的なものにあこがれて、やがてそれを捨てる話。題名になったメルセデスはドイツ車ですが、自伝の中のキーはアメリカ的なものへの別れですね。そこから彼は日本的なアイドルをみつけたのかもしれない。

速水:僕は秋元氏に一回インタビューしたことがあります。テレビを使えば素人でも簡単にアイドルになれるという実験をおニャン子クラブで実践したんだと思います。放課後生活という内幕を見せる手法は、とんねるずが業界の裏側を見せる手法で成功したのと同じです。いわゆるフジテレビ的な戦略ですね。でもおニャン子は二年半で終わった。「アイドルはアイドル、もっても二年。ロックバンドと違ってニセモノでしょ」っていわれたんです。それに対抗したのがAKB48のビジネスモデルなんですね。ライブハウスからたたき上げで武道館まで行くみたいな、尾崎豊やBOOWYのようなロック神話のアイドル版ですよね。ライブハウスから始めて五年かけて大成功させるということをアイドルでやった。ロックがすごくて本物ではなくて、アイドルも同じだよって。しらっとそれをやるところがすごい。

田中:とても面白い見方ですね。確かにロックモデルを対極にしていると考えると、いまのAKBの地方展開も違った意味をもってくる。ロックの文化が強い地域―名古屋、大阪、福岡―に拠点をつくる意味も変容する。いまの福岡は、昔、甲斐バンドとかがでてきたようにロックのメッカだったけど、いまはアイドルのメッカになってきてる。そこに今度は秋元氏がAKBの姉妹グループで参入したりする。そもそもいまの福岡の女性グループアイドルはAKBのビジネスモデルにどれも影響されているものばかり。
ところで次回作は、ジャニーズですか?

速水:それはまだちょっと時間がかかります。ジャニーズについては、音楽家の大谷能生さんと矢野利裕くんていうライター兼DJと3人で、定期イベントという形で勉強会をやっているんです。大谷さんは20世紀の表象文化研究家で、ミュージカルとかジャズ・ダンスに詳しい批評家でもあります。日系二世で、戦後に軍関係の仕事をしていたという日本の戦後の暗部を背負う存在でもあるジャニ―喜多川という人物に注目し、バーンスタインの『ウェストサイド物語』の世界観から小林一三の宝塚ビジネスを通過し、レジャー産業の集大成としてのジャニーズビジネスみたいなものを見て通す本を企画しています。

田中:それは完成が待ち遠しいですね。では、とりあえず、当面の関心あるテーマはなんでしょうか。

速水:去年からショッピングモール、ラーメンとやってきたのですが、次はまた別のものを取り上げるつもりです。ただ、何でもやりますと言うのではなくて、自分では筋が通った仕事をしているつもりでいます。何というか、大上段ではなく下の方から日本を眺め見る仕事という感じでしょうか。僕が影響を受けている書き手にデビッド・ハルバースタムがいます。彼は、ジャーナリストとしてベトナム戦争を取材してピューリッツァー賞までとっている正統派ですけど、その後、マイケル・ジョーダンを取り上げ、アメリカの自動車産業の衰退をテーマにし、メジャーリーグについての本を書きます。毎回バラバラなテーマだけど、それらの話題はすべて「アメリカ的なもの」を象徴しているんです。僕も彼と同じように「日本的なもの」を摘出しようとして、さらに題材をぐっと下に押し下げた形でやっているんです。ラーメン、CM音楽、ショッピングモール、ジャニーズという誰もが知っているけど、真っ向からは論じられていないものという感じですね。田中さんに手伝ってもらおうと思っているテーマもあります。それは「デフレカルチャー」という90年代に起きた消費行動の変化、団塊ジュニア世代論です。これはデフレが恒常化した時代に芽生えた感情という意味では、田中さんの昭和恐慌研究にも通じると思います。僕は、経済学は素人なので、いろいろ教わるつもりでいます。ぜひよろしくお願いします。

田中:いえ、いつもですが、僕の方こそとても刺激をうけてます。今日は、どうもありがとうございました。
2011年10月終り、池袋メトロポリタンホテルラウンジにて収録。

速水健朗著『ラーメンと愛国』(講談社現代新書)