過去二回は、異なる価値評価との出会いを求めて、さまざまな領域の方々と対談を重ねているこの「ミュルダールを超えて」ですが、今回は経済学の立場からみると「直球」に近いテーマを話題にしています。カール・ポランニーは日本でも70年代から注目を浴びている経済思想の巨人ですが、このポランニーの全体像をテーマにした著作『カール・ポランニー 市場社会・民主主義・人間の自由』(NTT出版)を最近刊行したばかりの若森みどりさん(首都大学准教授)とお話しする機会を得ました。話題はポランニーとグンナー・ミュルダールとの比較を意識しつつもより深い次元に掘り進んでいく感じとなりました。

?田中:若森さんはつい先日、いままでの研究成果をまとめた『カール・ポランニー 市場社会・民主主義・人間の自由』(NTT出版)を出されたばかりですが、ちょうど執筆の最終段階で、東日本大震災に遭遇しました。この大震災が若森さんのポランニー解釈に与えた影響は何かありますか?

?若森:1950年代にコロンビア大学を引退したときに、ポランニーはエネルギーの利用について私的な研究会を行ったり、また研究ノートを残しています。電力の問題をポランニーは重視していたのですが、その電力問題の核心が原子力の平和利用の問題、つまり原発の問題であったことに思い至ったのは、今回の大震災や福島原発の問題をうけたあとでした。彼が最晩年に挑戦した未完の構想は「自由と技術」というものでしたが、ここでいう「技術」とは原子力の利用だった。私の本の第六章も3.11の経験をうけて、このようにポランニーの資料の読み方が変わって反映されていると思います。

?田中:福島第一原発問題について言えば、私たちの多くが大震災の前では原発が作り出した電力をほぼ無意識に利用していた。それは原発という「技術」という暗黙の制約の中で、さまざまな「自由」な活動ができると信じていた。簡単にいうと「安全神話」にただ乗りしていたわけです。ところが今回の大震災で、その「技術」の暗黙の制約が、明示的で厳しい制約条件になってのしかかり、それが人々の「自由」を拘束してもいる。このような「安全神話」めいたものは、ポランニーの市場社会についての見解にもつながりませんか? 例えばポランニーがアメリカですごした時代に、アメリカの経済政策に大きな影響を与えていたのは、サミュエルソンやトービンらのいわゆる新古典派総合といわれる人たちでした。彼らは不況や過剰な好況には、財政・金融政策でそれらを刺激したり抑制するといういわゆる「ファインチューイング」(微修正)を志向した。他方で、マクロ的な安定が得られれば、政府の介入ではなく、市場がうまく機能するだろうから、今度は市場に出番を譲る、という形で考えたわけです。このような市場の役割への期待というのは、ポランニーはどう考えたんでしょうか。

若森:景気がよくなっているときは市場礼賛になりがちで、景気が悪くなると今度は市場への批判ではなく、政府の無能さや生活保護を受給する人びとに批判の矛先が向けられることがあります。経済状態が長期間にわたって悪化した場合には責任のなすり合いが生じてしまい、国際間の緊張も高まります。財政再建が強く求められ、すぐに応じられない国では通貨が不安定になったり国債が暴落したりする。ポランニーは、いま経済がうまくいっているからその時の政策がいい、という見方はしないです。市場がわるくなったときにもいいときにも同様に、市場には問題があると思っていた。

?田中:そのうまくいっているとか悪くなっているとかの客観的な基準というものはポランニーにはあるんでしょうか? 例えば先ほどのサミュエルソンたちが考案したような社会厚生関数のようなものとか?

若森:経済的厚生の認識はポランニーでもあると思います。しかし、それだけでは不十分です。例えば、職場の人間関係、家族も問題、社会での自分の位置など、そこでの人間関係が安定していることを、彼は重視していました。

?田中:なるほど。ポランニーとミュルダールとの比較でも重要ですね。例えば、ミュルダールは個々の人間と社会との関係を、「累積因果関係論」という枠組みで理解していた。個々人のアクションが、社会に意図せざる形で影響を与えるかもしれない。例えば、学校や職場などで、ある個人が特定の人を嫌い、その嫌悪の感情を表明する。それが引き金になってクラスや職場全体のいじめに帰結してしまうかもしれない。最初に嫌いだ!といった人はクラス全体のいじめを意図したわけではないのにもかかわらず。ミュルダールはこれを累積的因果関係と呼んだんです。これはファッシズムの構図にも似ているように思える。

?若森:そうですね。ミュルダールとポランニーには類似した発想があるように私も思います。ポランニーのそうした発想の原点にあたる経験は第一次世界大戦なんです。彼の奥さんは大戦に反対して逮捕されたような人でしたが、ポランニー自身は志願兵でした。そして大戦から帰ってきたときには体も心もボロボロになっていました。猛烈な後悔と反省の極限から、彼は再生しよう、生きなおそうとする。そのきっかけは、第一次世界大戦の惨状の犯人捜しや、特定の誰かに大戦の「責任」を求めるか?という問いには意味がない、という認識でした。ポランニーは、社会や経済の状況が悪くなったからそこから逃げ出すとか、あとからみて自分は「正しい行為」をしたから免責されるとか、そういう立場を拒否するものでした。つまり社会の中におかれた個々人は、意図せざる社会の帰結からは、誰も逃れられない。望ましからざる結果に立ち向かうというのが、彼の「責任」の解釈でした。

?田中:さっきのいじめのケースでいえば、最初に嫌いだ!といった人を含めて、その状況に置かれた人たちはすべて意図せざる、また望ましからざる結果に対して、個々人として責任をとるべきだ、というのがポランニーの立場と理解していいわけですね。

?若森:社会的な存在としての人間、社会の中で個人の「自由」を考えることが、ポランニーの立場です。

?田中:通俗的な自己責任論からすると、ポランニーの考え方は、あたかも「一億総ざんげ」のように映り、かえって責任の所在をあいまいにしてしまうかもしれない、という批判はあると思う。ただポランニーの立場にたてば、一億総ざんげではなく、あくまでも「個人」に責任の重点があるんでしょうね。

?若森:そうです。抽象的で疎遠な社会の誰かではなく、個人に重点があります。これはミュルダールも同じで、差別、人種問題、貧困などは、先進国にいる個々人の「責任」だと彼も考えていますね。

?田中:ミュルダールとポランニーとの関係で外せないと僕が思ってるのは、ドイツ歴史学派との関係です。特にその後期のヴェルナー・ゾンバルト、フリードリヒ・フォン・ゴットル、オトマール・シュパンらとの関係。ゴットルはフォード主義というものを重視して、資本主義の終焉を考えました。資本主義はその効率性を追求し尽くすことで、資本主義の体制転換が起こると考えた。ゾンバルトもシュパンも類似した議論を採用していて、要するに市場が社会を包摂していく方向で思考していますね。効率性を追求する過程で、セーフティネットなんかも手段として利用されていく。

?若森:カナダのモントリオールにあるポランニー政治経済研究所には、ポランニーによるゾンバルトのメモ書きが残されています。ゾンバルトの本の要約ですけど。マックス・ウェーバーやリチャード・ヘンリー・トーニ―についても勉強していて、彼は真面目な性格なので膨大なメモをノートにとっていました。

?田中:なるほど。ドイツ歴史学派の伝統はやはりポランニーの中に前提されてるのかもですね。ドイツ歴史学派はご存じのように、経済進化論的な立場にたって、個人と社会の関係を考えている。日本でもその影響を強くうけた福田徳三は、経済社会の起源を南太平洋の古代社会、例えば「沈黙交易」などの在り方に注目していて、ポランニー的な経済人類学への関心を示してました。これは彼の師匠であるルヨ・ブレンターノやカール・ビュッヒャーの影響が大きいでしょうね。

?若森:ビュッヒャーについてもポランニーはまめにノートをとっています。

田中:へー、やはりそうなんだ。?

若森:ビュッヒャーもそうですが、ほかにトゥルンバルトの影響も大きいですね。

田中:ミュルダールの方ももちろんドイツ歴史学派の影響はうけてて、特に彼の経済体系の基礎ともいえたカッセルの『社会経済原論』を通してだと思います。?

若森:さきほどのゾンバルト、ゴットル、シュパンの中で、特に重要なのが、シュパンとポランニーとの関係です。シュパンを解釈する中で、ポランニーはオーストリアファッシズムの分析を明晰にしていく。経済機能がマヒしてしまった中で、経済機能と政治機能はどうあるべきなのかと問うときに、シュパンを考察する意義がでてくる。機能という用語に関連させてポランニーは、シュパンの『真正国家』とルドルフ・シュタイナーの本を同時期に読んでいます。シュタイナーは社会有機体三分節化論を唱えていて、社会における三つの領域である倫理、政治、経済は、それぞれ独立した機能を深化させる必要がある、というのです。自由、平等、友愛なんですが、シュタイナーは、市場社会がマヒしたり政治がおかしかったりするのは、この三つの機能の関係がおかしくなっているからだ、と考えます。とりわけ倫理の領域における自由が脅かされている、と。ポランニーは、シュパンの真正国家論とこのシュタイナーの社会有機体三分節化論を比較して、ファッシズムについての考察を行いました。その結論は、オーストリアファッシズムは経済国家である。民主主義を放棄して経済の機能だけで社会を固めていく。その中では、個人の自由はいらなくなる。社会から倫理的な領域も政治的な領域も必要ではなくなる。個人の自由も政治における平等も追求されない。なぜなら、個人は生産機能だけでよくなるからです。シュパンはこの経済国家観に到達していた、というのがポランニーの見解でした。ポランニーは一九三〇年代にこのシュパンの経済国家観を批判的に吸収していくわけです。

田中:さきほどのシュタイナーなんですが、僕はまったく疎くて、せいぜいコリン・ウィルソンの書いた『ルドルフ・シュタイナー』ぐらいしかまともに読んでない(笑)。そのときのうろ覚えですみませんが、彼は一種の国家有機体みたいなのに、個人は属しているけど、その中で自由を個々人は失っていないと考えていたように思う。

若森:シュタイナーは、経済と政治が融合してますます倫理の領域が失われていく、と危機感を持っていたようです。倫理の領域で個人の自由を守らなければ、と。

田中:あ、そこで自由を担保するのか。

若森:ポランニーは、シュパンはシュタイナーのその倫理的な部分をはずしているとみています。

田中:つまりシュパンには倫理的な領域はないと。国家つまり政治も経済に吸収されている。

若森:ポランニーは経済的自由主義も実は、シュパン的な経済国家に好意的だとみています。経済自由主義では、経済がうまくいくかぎり問題はないものと考えていると、ポランニーは批判しています。

田中:まとめると、ゴットル、ゾンバルト、シュパンらは、超経済国家が出現するだろうという話で、それをポランニーは批判的にみている。なぜなら、文化や倫理の領域を失った国家というものは、経済の力で人々の福祉を向上させる能力はない、とポランニーは考えているからですね。それと僕からみると、ポランニーの論点とも重なるだろうけど、ドイツ歴史学派の限界は、その清算主義的な側面にあると思います。その日本的な代表だと、さきほど名前をあげた福田徳三はその典型ですね。彼は社会と経済をうまく総合的にとらえることができなかった。経済では、彼は市場の効率性を徹底することを目的にしていて、しかも効率性は経済格差がないとうまく機能しないと考えていた。市場効率性の前提としての経済格差論ですね。格差があるからみんな一生懸命に働くという視点です。他方で、彼は社会政策の重要性を、生存権の社会政策で考えてもいた。生存権は効率性にまったく無縁な幼児、病者、老人たちも関係しているわけだから、彼の中では、他方の効率性重視の経済観とこの生存権の社会政策が絶えず緊張関係にある論点になってしまう。で、結局、彼は効率性を徹底して、社会的なムダを許容しない清算主義的な立場に最終的な重心を置くようになる。例えば、昭和恐慌期に、福田は清算を徹底して経済からムダなものをなくせば恐慌から脱することができると説いた。当時は失業保険も生活保護もないセーフティネットがまったく不十分なときにです。要するに、シュパン的な、経済が社会を包摂する立場に大きく舵を切っている。これに対して、石橋湛山は、「福田は社会がどこから切っても再生するミミズのように考えているが、社会はミミズではない」と反論しました。石橋の立場には、どこか社会の中の個人を考えたポランニーに近いものを感じます。

若森:ところで、田中さんはハイエクの『隷従の道』とポランニーとの関係はどうみられますか?

田中:う~ん、僕は最近、あまりハイエクを真剣に考えてこなかったので、何かいう準備には乏しいですね。ミーゼスなんかも同様ですね。

若森:ポランニーにとっては、ハイエクやミーゼスとシュパンは大差がないんです。これは一般的には意外でしょうけど。

田中:そうですね。それはなぜなんでしょうか・

若森:ハイエクの論文に「社会における知識の利用」というものがあります。ポランニーにも、実は、一九二七年頃に書いた講演用の草稿の中に「社会的知識」というキーワードがでてきますが、ハイエクとポランニーはだいぶ違う。ハイエクは市場の自律性を尊重しています。それは市場機能の一つとしての価格に注目しているから。価格にはさまざまな情報が含まれていて、それは社会的な知識の利用ともいえる事態をもたらしている。例えば、ハイエクは価格の情報の中に、意図した結果だけではなく、意図せざる結果の情報も含まれているとみなしています。このさまざまな情報を提供する価格の機能を重視していたため、ハイエクは市場の自律性に干渉してはいけない、と考えた。価格という社会的知識の利用によって、個々人の「自由」が可能になる、というのが彼の立場だと思います。それに対して、ポランニーは反対で、社会的知識は市場を通して得るのはむずかしいと考えていた。なぜなら市場社会には、目に見えない権力が、市場というベールの向こうにある。例えば、どうしていきなり政府は緊縮財政を採用するのか、一般の国民には本当の真意がわかりにくい。市場にはさまざまな権力が前提にされていて、人々はその権力について無知を強いられている。そうポランニーは考えるわけです。ハイエクは市場が社会的知識の利用を可能にすると考えたが、ポランニーは逆に市場が社会的知識の利用を阻害するとみなしています。

田中:いまのハイエクとポランニーの社会的知知識をめぐる対立は面白い。僕はそこに第三項としてスティグリッツを加えたいな。彼の非対称情報の経済学はもともとハイエクの「社会における知識の利用」論文が発想のひとつの根源です。スティグリッツは、ハイエク的な市場をひとつの基準としてはいるけれども、現実にはさまざまな制度的要因で、情報の伝達や保有は阻害されると考えている。

若森:ハイエクを批判的に使った?

田中:そうとも言えます。スティグリッツは社会的な知識の利用の制度的な要因、典型的には教育なんかを想定すればいいんだろうけど、そういう制度的なものに注目して、情報の問題を考えてましたね。スティグリッツはハイエクを出発点としてそこから大きく制度的要因を重視した新体系を模索するけれども、ポランニーについてもその『大転換』の序文を書いたりしていて、ポランニーの制度派経済学の立場にきわめて好意的ですよね。このハイエク、スティグリッツ、ポランニーの三者で考えると、経済思想史もより面白くなるかもしれませんね。

?(下)に続く

?2011年11月上旬調布市内のカフェで。

若森みどり著『カール・ポランニー 市場社会・民主主義・人間の自由』(NTT出版)

田中秀臣・若田部昌澄監修、藤田菜々子訳 ウィリアム・バーバー『グンナー・ミュルダール』(勁草書房)