若森:田中さんが最近、タイラー・コーエンの『創造的破壊』(浜野志保訳、作品社)を監訳されておられますが、どのようなご関心からですか?

?田中:やはり昔から文化的な側面には興味ありました。もともとの職業は編集者だったこともあるのかも。いろんなものの触媒でありたいという気持ちもあります。それと自分の専門である日本経済思想史でも、コーエンのこの本も属している「文化の経済学」の流れに一貫して研究として携わってきたこともあります。前々回の速水健朗さんとの対談でも触れた小泉信三のレジャーの経済学や、また小泉と同時代に活躍していた大熊信行という経済学者についてもずっと関心をもってきました。小泉は関東大震災の経験以後、ムダな消費の典型として当時みなされていたレジャーこそ経済復興を促すと、それが全然「ムダ」ではない、ことを主張しました。そしてレジャーこそ生活の質を高めるとして、テニスや野球や歌舞伎などの振興に励みました。ポランニーも文化について触れていると思いましたが。?

若森:『大転換』のキーワードのひとつが「文化破壊」です。これはコーエンの『創造的破壊』の中ではとりあえず話題から除外するとされた、コミュニティの文化、その文化の破壊について語ったものです。

田中:コーエンではその文化コミュニティの「破壊」については、別な著作である『市場と文化的な声』で議論されてます。彼はそのなかでグローバル化と文化の関係をまとめている。

若森:異なる社会は似てくるけれども、社会内は多様性を増してくる、ということをいってますよね。

田中:そうです。ポランニーの表現をまねれば、コーエン流の「二重運動」でしょうね。

?若森:文化の反発と再生ということでしょうか。

?田中:そうですね。コーエンも現代オーストリアンなので、ポランニーと同じようにドイツ歴史学派的な要素を引き継いでいるんだと思います。

若森:田中さんのこのコーエンの本の解説の中に、「物語」の経済学というのがあります。これは経営学に近いかな、と思いました。モノをつくるときにストーリー性が入ってくる。アイデンティティやストーリーの消費というのは、経営学の問題としても言われているんじゃないでしょうか。

田中:『AKB48の経済学』を書いたときも主にマーケティングの側面でかなりの関心をもたれました。しかし僕が物語の経済学に興味をもったのは、やはり日本経済思想史がらみでしたね。さきほど名前を出した大熊信行は、それまでの経済学は生産を中心にしているために、労苦としての労働が中心であり、レジャーは生産にマイナスな側面としてとらえられてきたといってます。せいぜい労苦を慰藉するものでしかない。しかし大熊は、レジャーや文化の消費こそ、人間の生活を豊かにするんだとその意義を昭和モダニズムの時代に高らかに主張した。しかし戦時期に入ると、態度が一変します。彼はレジャーは生産、要するに当時の戦争体制に貢献するような生産にささげるために存在すると考えました。前回の対談で出たシュパンやゴットルにも近く、要するにレジャーや文化が超経済国家に包摂されるのです。で、戦争が終わった後に、彼は『告白』という当時ベストセラーになったものを出して、そこで自分の戦争中の態度を反省します。彼はそこで戦争中に、文化がなぜ超経済国家に包摂されてしまったのか、その理由を、文化の基層であると彼が認識していたもの―典型的には天皇制ですがーを「物語」としてみなしていたからだ、と事実上述べています。つまり日本の歴史をひとつの「物語」として認識したがゆえに、自分は戦争中のその「物語」の語り方を変えてしまい、文化が超経済国家に包摂されるという見方を採用したのだと。それは経済の方が文化に包摂されると主張した昭和モダニズムの時代のときとは違う「物語」を話せた、ということでもあります。そしてそのような自分の立場は「ゼロ」である。何ものにでもない絶対的な仮構だというわけです。この大熊と似た態度は、例えば現代では、村上春樹が明らかにしているような、オウム信者たちの精神風景に似ています。彼らもハルマゲドンという「物語」を信じ、それとアイデンティティを一致させてました。そうなると「物語」は、現実に大きな影響を及ぼします。つまりハルマゲドンの中に社会を包摂できると信じていた。そして大熊もそうでしたが、オウム信者の多くは、自らのハルマゲドンの失敗の前で、(例えば村上のインタビューの中で)告白し、それが絶対的な仮構=「物語」であることを自ら明かすのです。僕は日本の中にあるこのような「物語消費」の流れを、自分の経済思想の見方の中に入れたいと考えてきました。もっとテーゼ的にいうと、制度が物語消費の在り方に影響を与えるということでしょうか。戦時体制やデフレの長期継続などが制度に変化を与え、それが人々の物語消費のあり方を変容させること。?

若森:コーエンの物語の経済学よりも「重み」がありますね。

田中:たしかに日本の歴史の「重み」はあるかもしれない。日本は神話と歴史がクロスしていて、それが社会に大きな影響を与えていた時期があった。それが教育や言論体制などの制度的要因を通じて、物語消費のさまざまなパターンに日本的な重力を与えていたようにも思います。経済学では、戦争中にブームになった難波田春夫の『国家と経済』などもその一例かもしれません。?

若森:日本の経済学を歴史的に研究すると、どんな「物語」をどのような文脈で「消費」したのか、どんな物語を消費すべくドイツやアメリカから経済学を導入したか、という問いにつながるわけですね。

田中:日本のいままでの研究だと、ゴットルやシュパンは不当に扱われてきました。しかし若森さんの今回の研究からもわかるように、ポランニーはシュパンらを自分の対立軸として念頭に置き、それを批判的に超克しようとした。超経済国家のように、有機体的なものに一切合財取り込まれてしまいそれに同化してしまうことへのアンチテーゼとして、ポランニーの思想は意義があるように思えます。ところで、話は少しずれますが、日本の70年代にもポランニーのブームがありました。玉野井芳郎氏や栗本慎一郎氏らが中心になって、当時の主流経済学のGDP中心的な考えに反論して、エコロジー的な見方や、市場経済中心の見方への相対化を積極的に実践したと思います。あの頃のポランニー評価を、若森さんはどう評価されますか?

若森:ポランニーの現代的意義という観点から、玉野井氏も栗本氏も積極的に紹介されたのだと思います。産業文明批判として当時の読者にわかりやすく啓蒙されていた。この対談の冒頭でも紹介しましたが、最晩年のポランニーが「自由と技術」の構想として考えていたものは、環境問題、特に「市場社会」における原発の平和的利用の問題でした。しかしそれがよく資料的な裏付けでわかったのはつい最近です。それにもかかわらず玉野井氏たちは、ポランニーの核心を見抜いてらっしゃった。ポランニーと問題意識をきちんと共有していたわけです。まだポランニーのアーカイブとか研究所が整備されておらず、それらが研究者によって利用できたのは、冷戦終結以降です。私の提示したポランニー像も玉野井氏たちの仕事につながっているのだと思います。

2011年11月上旬調布市内のカフェにて

若森みどり著『カール・ポランニー―市場社会・民主主義・人間の自由』(NTT出版)