川井徳子さんとは10年来の知人であり、以前からその歴史的な感性と素養に裏打ちされた現代の日本をみる視点には、はっとさせられることが多々ありました。今回、川井さんの初めての著作である『不動産は「物語力」で再生する』(東洋経済新報社)を一読して、いままで川井さんとの対話で得てきたものがほんの氷山の一角であることを知りました。本書は、難しい「不良債権」物件を見事に甦らせる若き女性経営者の逸話という形を一応は借りています。例えば、荒廃した名庭園―何有荘を復活させ、それをクリスティーズを通して世界市場で売却し、日本でも過去にない市場を開拓した手腕、あるいは不良債権を競売で得て、いまや『ミシュランガイド 京都・大阪・神戸・奈良2012』で二つ星のホテルとして掲載されるまでの素晴らしいホテルとして再生したその手腕、そういった経営物語としても、この本は読むことは可能です。しかし本書には、表題にあるように「物語力」、それは川井さんの言葉を借りれば、人間が生きていく上で持っている「水面下の大きな部分」、つまりアイデンティティのよってなるところを解き明かしていくことでもあります。それはすぐれて文化と経済の結節するところでもあるのです。この「物語力」という視座で、川井さんが手がけられた多様な事業展開をみていることは、「物語の経済学」を最近の専門としている僕にとっても無視できないものでした。ということで、さっそく秋の京都に向かいました。

田中『不動産は「物語力」で再生する』、大変面白かったです。特に僕も「物語の経済学」に関心を深めていて、それにあたかも対応するような川井さんの表題にもある「物語力」というキーコンセプトに非常に魅せられました。

川井:ありがとうございます。私は経済学ではなく経営学的視点だと思うのですが、どういうストーリーを経営にいかしていくかということを観点にしています。

田中:本書の冒頭で説明がありますが、川井さんにとって「物語」というのは、不動産というのは、土地の物語のことでもあり、そこに住み暮らした人たちの物語でもある。そしてその物語は、目にみえる部分はほんの一部で、ほとんどが水面下に隠れていて見えない。川井さんが不動産事業を通じて、何をしてきたかというと、結局は、この「水面下の大きな部分=物語」を明るみにだし、その物語をもとに不動産、もっと大きくいえば街を作る仕事をしてきた、ということですね。不動産と「物語」という、いわば経済と文化の接点という最先端だけど難しいものを、事業としても意識し、また本としても書かれた。僕はこの本が面白いと最初にいいましたが、その面白さの大きな理由に対話形式にした部分が大きいのがよかったと思います。

川井:実はプラトンの対話編が好きなんです。『パイドン』や『ソクラテスの弁明』だとか影響を受けました。理路整然と結論にいくんじゃなくて、いろんな人たちがいろんな意見をいいあって、そしてそれが混然一体となっているんだけど、知らずにひとつの結論を読者に提供するような描き方をしているじゃないですか。プラトンの対話編からは大きく影響を受けてます。

田中:対話することで、自分の抱えている「物語」とか意見が、より客観的な場にさらされていくわけですよね。プラトンの対話編は、ソクラテスが主人公のように思われるけれども、本当の主人公である著者たるプラトンの考えと、劇中のソクラテスの意見はかならずしもイコールではない。対話編に出てくるソクラテスを含むいろんな人たちの「声」をかりて、多様な意見のなかから、いま川井さんがいわれたように知らずとメッセージが浮かんでくる。そんな特殊な物語の形式ですよね。あえていえば、ポリフォニー的というか。

川井:ポリフォニーでもいいですが、もっとわかりやすくいえばシンフォニー的なもの。

田中:そうですね。本書でもそうだけど、ふつうのビジネス書とは違って、ストレートにおやりになった事業の成果をただ単にいうだけで終わりじゃない。そういう事業を通して、結果的に、川井さんが何をやりたかったのか、その試行錯誤がまさに対話の中で通して語られる。一本道でスタートからゴールまでいかないで、いろんなところに寄り道―それも結果的には有益な寄り道ですがーをしてゴールに至る。

川井:実際の仕事の場でもそうですよ。対等なビジネスパートナーや、またはホテルなどの従業員とのやりとりなども、最初からゴールがみえているわけじゃない。

田中:つまり「水面下の見えない部分」であるそのひとたちの「物語」を理解しながらビジネスもすすめていく。

川井:そうです。ビジネスは実践的ですから、相手の暗黙知を引き出す、無意識で隠れた部分をお互いが理解しあっていくことがすごく重要なんです。スタート地点から目的地まで一本道じゃないです。

田中:まさにソクラテスの産婆術ですね。

川井:従業員の仕事の内容を深めるために、コーチングの勉強も特別にしました。

田中:なるほど。川井さんの今回の本の中には、村上春樹の作品についても興味深い分析がされていて、しかも単に作品論ではなく、あたりまえですが、事業展開のキーコンセプトにもなっている。それはプラトンの対話編に影響をうけてたり、また実際の仕事でもコーチングの技術を学んだりして、相手との対話を重んじるという姿勢にも顕著に表れてますね。川井さんの仕事の仕方というのは、そこに携わるいろんな人たちの「声」を聴くことでもあるんですね。ところで川井さんは、奈良という日本有数の歴史の重みのある街で、お仕事をしているわけです。歴史もまたさまざまな「声」が堆積した結果のポリフォニックなものですが、川井さんは奈良という街をどう思っていますか。

川井:奈良に住む人は信仰のために講をつくるんですよ。講をするときにかける掛け軸に鹿曼荼羅があります。曼荼羅だから仏さまのもなんだけど、鹿は春日大社の使い。神と仏が一体となって描かれているのが鹿曼荼羅なんです。奈良というのは、この鹿曼荼羅に象徴されるようなまさに神仏習合する空間なんです。

?田中:奈良という街に鹿曼荼羅が隠されてもいる?

川井:そうです。で、それが顕在化することもある。12月15日から4日間にわたり、奈良は御祭りがあります。時代装束を着て行列で練り歩く。その時代時代の風俗も描かれている。今でいうとエレクトリカル・パレードみたいな。

田中:奈良的ディズニーランド(笑)

川井:ディズニーランドも聖地なんですよ、リンカーンから始まる。開拓精神の聖地としての意味合いがある。エレクトリカル・パレードも実は西洋文化を背景にした重層的な物語を持っているんですよ。

田中:なるほど。奈良に話を戻すと、いままでの川井さんのお仕事はいままではホテルアジール・奈良や奈良なごみ館といい、奈良を「点」でみてきた感がありますが、いまのお話ですとこれからは奈良を「面」でとらえるより重層的なお仕事に結びつきそうですね。

川井:(江戸時代の奈良の市街地を示しながら)そうです。奈良の中心市街地を歴史的な視座から、うまく活性化するような商業地にならないかと考えてます。

田中:つまりいままでの奈良の観光事業の在り方は「点」。いくつかの「点」(たとえば大仏とか)をみたら観光客はそれでバイバイ。それを川井さんは鹿曼荼羅を奈良の物語の基礎としてとらえて、奈良の市街をブランディングしたいと。

川井:そうです。奈良を聖なる空間としてとらえる。神仏習合する聖なる空間。例えば和み館の位置の意味もそこで変容していくと思います。

田中:川井さんはずっと歴史の勉強をされてきて、またプラトンの対話編などから、異なる価値観をもった人との対話の重要性を学んできた。そして人の中にある物語を引き出して、産婆さんのように、相手に自然と悟らせていく手法を大事にしていく。この奈良の開発も奈良のもっていた潜在能力をひきだすためのツール、そういうツールとして鹿曼荼羅を利用しているんですね。

川井:明治以前の奈良の人はこの鹿曼荼羅を心象風景としてみていました。今は失われてしまってはいますが、それでも奈良公園の景観などに残されています。土地のもっている物語を再生し、奈良のもっている重層性をビジネスに活用していきたい。街づくりは、ひとつの不動産を再生するのとは違い、地域のひととの意見交換がとりわけ重要です。また地域の人たちももっと自分の住んでいる地域の景観にうるさくなるべきですね。例えば電信柱に垂れ下がっている電線を拒否したりする。でもデフレの長期継続で、都市景観に使うお金が乏しくなって景観整備が遅れている。また民間投資も低下が著しいですね。

田中:デフレの進行というのは、お金の価値がどんどん高まっていくことですよね。

川井:そうです。お金のこわさが高まっていく状態。街を再生していくという事業はそういうお金のこわさとの対決です。お金の怖さは身を律していかないと飲み込まれてしまう。どこかで規律を失ってしまわないように、経営というのはお金と自分の美学との戦いかもしれません。自分はなぜこれをやるのかと問い続けることが必要だと思います。

田中:そう考えると川井さんが物語にこだわる姿勢がよくわかります。お金はそれ自体を増やすことが自己目的になりやすいし、どんどん持っててもなかなか欲望が飽和しない。しかし物語は歴史の積み重ねです。一歩一歩構築するしかないので、かならず上限がある。どんどん物語を消費できない。物語はすこしづつ理解して進んでいくしかない。つまり物語は欲望のストッパーになっているわけですね。

川井:本当ですね。それと物語の最後の結末がめでたしめでたしになるためにはどうするか。めでたしめでたしに到達するための物語をどのように作っていくのかということが重要です。村上春樹のいうことろのドラマトゥルギーの問題がでてきます。ドラマの道具立てを選択し、ドラマの結末にどうむかうべきか。

田中:物語にはふたつの側面があると思います。ひとつはハルマゲドン的なもの、もうひとつは川井さんのいわれているようなめでたしめでたしのもの。村上春樹はこの物語の二面性をみていて、物語の持つ怖さも意識している。川井さんの今回の本でも物語の経過の中にはこわい部分があることが書かれている。ここでいう川井さんの物語というのは、ご自身の親族の方々との骨肉の争いや、また病気との闘いのことなどです。これは一歩間違えれば、破滅=ハルマゲドンに陥ったかもしれない物語のこわい側面です。

川井:こわい部分もみないと、現実の物語はきれいごとでは終わらないですから。村上春樹はその作品の中で、オウム真理教を課題にしています。オウム真理教のこわい面は、未解決な問題に簡単に答えを与えてもらえたことです。自分の中に存在する知らないことを知らないまま抱えていく不安。その不安と向き合えない、そういう自分の弱い面をみなくさせてしまうこと、そういう弱い面、こわい面をみていく、それがあるから葛藤、恨みつらみと直面しそこから昇華していくことが大事だと思うんです。

田中:歴史もそういうものですね。奈良も歴史の堆積ですから、「異なるコミュニティ」の対立などむずかしく、しんどい側面もあるでしょう。血縁、地縁など入り混じる葛藤があるはず。そこでこの対談でも何度もでてきてる対話の力の重要性があるんでしょうね。内なる物語を抱えるだけではなく、いろんな人との物語とふれて理解していくことが大切だという。

川井:本の中に登場してくるタイの小乗仏教の僧侶の中尾さんというかたがおられます。彼は高校の同級生で当時からとても勉強ができた。でも一歩間違えたらオウムに入ったかもしれません。でも奈良のすごいところは「本物」の空間と本物の宗教者がいること。オウムに惑わされずに中尾さんはタイにいき、さらなる本物を追求できた。

田中:本物とにせものか。僕は意外とにせものも好きだけど(笑)。サブカルなんてにせものだしねw

川井:にせものであるとわかっていて、それを楽しめるならば別にいいと思いますよ。

田中:にせものというものが問題になるのは、にせものが『自分だけは正しくほかはまちがっている』というときだと思う。オウムの松本のようにハルマゲドン神話のみが正しく、ほかは間違っているという態度はその典型ですね。

川井:仰るとおりです。あとこの本には、すごく好きな人、大切な人たちが多くでてきますが、まだ書ききれなかった。興福寺の国宝館の館長をやっておられた小西さん。小西さんから阿修羅像はなぜ愛されているかを教えていただきました。阿修羅は美少年なんだけどちょっと困った顔をして眉間にしわをよせている。小西さんによると、それは阿修羅が仏様にいわれて、「え、ちょっと困ったな。でもおれはいままで間違ったことをしたかもしれない。アー間違ったんだ」という泣く瞬間、神に帰依して法悦する前の一瞬を描きとっているというんです。そういう感情のダイナミズムをあの静かな像のたたずまいは見事に描いている。人間の心象風景の時間軸をダイナミックに表現しているんです。

田中:一見とまっているように見えても実はダイナミック。

川井:そうアニメのコマのようにダイナミズムをおさえている。そのような表現手法が古代日本にあったことにとても感銘しました。それは私の中の美をみる力を培っている。奈良にはそういうことを教えてくれる人がとてもたくさんいる。

?

田中:人の中にねむっている美を見る力を見出したり、導いてくれる人が奈良にいっぱいいる。奈良というのはそういうソクラテス的な産婆さんがいっぱいいて、いろんな人の潜在的だったり顕在化したりしているさまざまな「声」をきかせてくれる大きな物語であり、一大シンフォニー都市であるというわけですね。そうかあ、鹿曼荼羅は奈良のそういうさまざまな「声」、つまりポリフォニー性をあらわしているのかも。

川井:そうです。鹿曼荼羅には実際に「声」が描かれているものもあるんですよ。田中さんはポリフォニーを重視してますが、私の定義ではダイバシティーです。ダイバシティーというのは、多文化が共棲する街をいってます。神と仏は、物部と蘇我が対立し、血なまぐさいことがおきて、その結果、神を仏が共存する。アメリカはサラダボウルだけど日本は本当に共存し、溶け合って融合していると思う。奈良はそういう意味で本物のダイバシティーだと思います。奈良には本質的なものがいっぱいあって、それが共存してシンフォニーを奏でている。今日、田中さんとお話しして、なんで村上春樹が『1Q84』の冒頭にヤナーチェックのシンフォニエッタが流れているのか、改めてわかりました。ありがとうございました。奈良という物語と同じように、村上の物語もシンフォニーなんだな、と。

2011年11月下旬 ホテルグランディア京都ラウンジにて

川井徳子著『不動産は「物語力」で再生する』(東洋経済新報)