『電気と工事』(オーム社)という技術的の専門誌にいまも連載している「なるほど!わかる!モノゴトをナナメから見てみよう」。ちょっと目立たないだろうから、ここで宣伝のために連載第一回と第二回を合わせて投稿。この続きもどんどん書いてて、いまは第5回目を書き終えたばかり。この後もトイレやテロ、いじめやシートベルトの関係、ガンダムとギリシャ危機の関係など絶賛(たぶん)連載中。興味のある方はぜひご一読くださいな。

http://www.ohmsha.co.jp/denkou/

連載第一回と第二回(毎回、すばらしいイラストがあるんだけどそれを見たい人は直接紙面をどうぞ)

? 平日は一生懸命に働き、上司の指示を的確にこなし、場合によっては24時間労働も厭わない働き者。家に帰れば年老いた両親と同居して親孝行にもはげむし、地域の子供達の面倒もよくみてあげる世話好きの青年を思い浮かべてほしい。

もう一例あげよう。

 自分の身を律することはもちろん、所属する組織の中での不正を許さず、仲間たちの公平な利益の実現に尽力する。チームワークを重視して、みんなの意見をまめに拾うような組織作りを率先して行うリーダーを今度は思い浮かべてほしい。

 最初の人はどんな人だろうか? ボランティア活動にも熱心なようだし、親孝行という美徳を備えている。二番目の人は、正義漢にも思えるのでひょっとしたら警察官? あるいはまれにみる(!)美徳を兼ね備えた政治家? 

 ところが前者は、アメリカの大都市に住んでいる麻薬の売人の典型だし、後者は17世紀に活躍した海賊のリーダーの典型像だ。

 どちらにも共通しているのは、この典型像をあぶり出したのが、「経済学」という考え方だということだ。

 で、経済学の考え方からわかったことは、麻薬の売人も海賊もとても社会性にすぐれていて、変な言い方だけど、なにが善でなにが悪だかをきちんと心得ているということだ。

麻薬の売人は、生活が荒れてて同居しているママを虐待の末に撲殺しないし、また海賊のリーダーは、自分だけが財宝を独り占めして、他の仲間をこき使って自分は悠々自適にすごすなんてことはしない。

 麻薬の売人も海賊ももちろん法律を破るアウトローには間違いない。

でも彼らが破る“法”はそんなに広い範囲のものではない。ひょっとしたら取り締まる側の警察官が賄賂をもらったり、奥さんや子供や親を虐待したり、軽犯罪を犯す頻度と、麻薬の売人のそれらを行う頻度とはそう大差ないかもしれない。

いや、麻薬の売人の方が本業以外の臨時収入(=賄賂)を受け取ることはまずない。

海賊の方も、彼らの同時代に活動していた商船の船長や乗組員の方よりよほどましだった。商船の船長や乗組員ときたら、風紀は乱れ、怠けやピンはねは日常の風景と化してて、自分たちだけ楽をしようと同僚の利害なんて二の次三の次、しばしば儲けをめぐって殺し合いだってした。

さてもう一度比較してみよう。麻薬の売人と警察官、そして海賊とふつうの商船の乗員。

もし麻薬を売ることや他人の船の所有物を奪うことといったことが、法律違反でないとしたら、どちらの組み合わせも前者の方がはるかに「悪じゃない」というのが経済学の考え方だ。

なんでこういうことがいえるんだろう。なんかおまえは奇をてらってるだけじゃないの? 単に受け狙い? 確かに連載第一回だし多少のサービスのしすぎかもしれない。

でもどうして僕は、サービス精神を発揮するのだろうか? それは多くの人に読んでもらって経済学の魅力を知ってもらいたいから? いや、単に人気が出てこの連載が続けばひょっとすれば原稿料があがるんじゃなかと期待しているから? それとも原稿を書くときはすべてを犠牲にしてでも頑張るという倫理的なものから? いやいや、違う、やっぱりただの説明のつかないきまぐれ? 

実はいまぐだぐだ4つぐらい(数えてなかったかもしれないけど)あげた理由を、経済学では総称して「インセンティブ」と呼んでいる。インセンティブは人間の行動動機とか、難しい漢字にすると「誘因」ともいわれるものだ。

経済学というのはほぼこのインセンティブを中心に人間の行動を考えるものだと思ってもらっていい。いまあげた4つは、経済学が最も重視する4つのインセンティブだ。それぞれ名称がついている。

多くの人に経済学の魅力を知ってもらいたいという社会的な使命感は、まさに「社会的インセンティブ」という。

で、次の原稿料目当てのインセンティブが、経済学者が考えるに最もわかりやすく、最も強力なもの、すなわち金銭的インセンティブだ。この連載も金銭的インセンティブの出番は多いだろう。

職業倫理に殉ずるとか、あるいは倫理観ゆえに、というのは道徳的インセンティブ。

で、最後の説明のつかないきまぐれは、これはいままであげた3つと毛色が違っていて、「バイアス」とか「限定合理性」とかと呼んでいる。

ところでインセンティブ、特に一番強力で、物事への説明力が大きい金銭的インセンティブに注目すると、なんで麻薬の売人はママを虐待せずに仲良く暮らしているかがわかる。また海賊のリーダーは仲間思いにみえるのかも。

ある経済学者と社会学者(学者の種類も多いのです)の共同調査によると、麻薬の売人はとても出世競争が激しく、またボスや小ボス、平のチンピラの間の所得格差も大きい。出世競争の厳しさは、まさに命がけである(よく抗争で命をおとす)。なので平の売人の所得では親元を離れて生活することができない。その学者たちの調査では、平の売人の家庭は親子円満なものが多い。しかも平の売人には、彼を慕う仲間も多いし面倒見もいい。なぜなら平の麻薬の売人になりたがっているさらに所得の低い若者たちが大勢いるからだ。また平の売人もこの「見習い」たちを、安あがりな(たいていは無料の)兵隊や情報係などで利用してもいる。まさに金銭的インセンティブ全開だ。

対して警察官がなぜ腐敗しやすく、賄賂をうけとるのか? 簡単にいうと競争が厳しくないからだ。頑張っても出世しない。給料だってあまり格差がなく、しかもたいていはそんなに高い給料じゃない。社会的なインセンティブよりも、やはり金銭的インセンティブがものをいってしまい、つい眼先の賄賂に手が伸びる。

じゃあ、海賊はどうしてふつうの商船よりも善悪の判断にすぐれているのだろうか? ところでサービス精神を発揮しすぎて紙数を超過してしまった(笑)。海賊と、あとそれに関連してテロとトイレの話をしなくちゃいけない。それについてはまた次回に続く。

 で、次回(笑)

海賊というと、マンガの『ONE PIECE(ワンピース)』を思い出される読者も多いだろう。『ONE PIECE』の方は、世界一の海賊を目指す若者、が仲間たちと「友情」で結ばれて冒険を続けるという話だ。いまでは書店やコンビニにいくと『ONE PIECE』に学ぶ友情や他人への思いやりやの大切さを説く副読本まで置いてあったりする。

 確かに友情や他人への思いやりは大切だ。でも本当のところはどうだったんだろうか? 前回の連載で、本当の海賊たちは公平な利益をめざし、チームワークを重視し、海賊行為以外は、ルールを守るきわめてまっとうな人間だった、と書いた。じゃあ、そんな彼らのまっとうさは、海賊同士が友情や思いやりをもつことで実現したんだろうか? そうじゃない、というのが結論だ。

 ピーター・T・リーソンというアメリカの経済学者は、17世紀に活躍した海賊たちについて、『海賊の経済学』(NTT出版)というユニークな本を書いた。リーソンは昔から海賊と経済学両方の“オタク”で、その証拠なんだろう、二の腕に、需要供給曲線の入れ墨をしている風変りな学者だ。

 で、リーソンはその本で何を明らかにしたかというと、「海賊たちって、かなりまともじゃん」ということだ。海賊たちがおおむね法律違反を犯しているのは、ほかの船の財宝を略奪することだけだ。もちろん彼らの船ももともとは他人のもの。だが、だいたいそれだけなんだ、法を犯しているのは。あとは至極まともな生活しかしていない。特にしっかりしているのが、チームワークのすばらしさと、船長を選ぶときの民主的なやり方だ。特に船長とそのほかの海賊たちの関係といったら、世界で最も進んだ民主的制度のお手本だった。海賊たちはみんなひとり一票。仲間たちの人種的な差別もない。男女の差別もない(もっとも女性の海賊は四人だけしか確認されてないけど)。

 しかも選ばれた船長が自分勝手なことをして、ほかの乗組員を虐待したり、または財宝をかすめとることなどをしたら、ほかの船員には無制限な権力行使が認められていた。不正を働いた船長は、すぐに船長の職をくびになり、それどころか無人島への置き去りや厳しい体罰がまっていた。船長の権限は、戦闘行為での裁量権やどこでどんな船を襲うかの決定だけというものだけ。しかも奪った財宝の分配は、ほかの職務の人間(その人も公平に選出されている)が決めていた。つまり権力のチェック&バランスが、いまの日本よりよほどまともに機能していた。規律だってばっちり。余計な諍いはなく、さっきも書いたけど差別もない。陸にあがって略奪行為や悪逆非道のかぎりをつくすなんて、不用意なリスクをおかさない。やるのはばっちり、海賊行為だけ。それだけ。

 この理由は、冒頭でも書いてけど、海賊たちが『ONE PIECE』の主人公たちのように、友情や他人への思いやりを重視していたわけじゃない。まあ、そういう人もいたかもしれないけれど、実際には逆で、みんな自分のことしか考えていないからチームワークや公平さが保たれた。これがリーソンの最もいいたいことだ。

 たとえばアダム・スミスという人がいる。名前ぐらいは知られているかもしれないけど、日本ではAKB48よりは知名度に劣るだろうから、簡単にここで紹介しよう(全然関係ないが、僕は『AKB48の経済学』と『アダム・スミスの失敗』という本を出している)。

 アダム・スミスは、いまから250年くらい前に活躍していた人。いまでは“オタク”の元祖のひとりとさえみなされている(タイラー・コーエンというアメリカの経済学者の見立てだ。彼もオタク系なので同類で分かり合えるのかもしれない)。

で、彼のオタク魂の向かった先は、道徳と経済の問題。当時はまだ経済“学”というものはなかった。海賊と経済に関心がむいたリーソンになんか似てる。でも決定的な違いは、スミスは生涯独身でそれほどリアルな彼女に興味がなかったこと。対して、これは余談だけど、リーソンは先ほどの『海賊の経済学』で、長年付き合ってきた彼女に「おれと結婚してくれ」と公開プロポーズをしていることだ。

 スミスは、道徳の見地からは、「人の気持ちに同情することはすごいことだ」といったんだけど、他方で、経済の問題を考えると、他人の同情に頼って人は生活することはできない、むしろ人は自分の利害だけに配慮して生きているからこそうまく生活できるんだ、と論じた。つまり先ほどの海賊たちも自分の利益に関心を払っているからこそチームワークもうまくいき、無駄な犯罪行為に手を出すこともない、というわけだ。

 なぜそうなるのか。考えてみれば、自分のほしいものを僕たちは全部ひとりで手に入れることはできない。絶対に他人の力が必要だ。つまり自分の欲望を実現するには、社会的な分業が成立しなくちゃいけない。自分だけではない。相手もそう思っているだろう。例えば、パン屋は最高の品質のものを最低の価格で提供し、同時にパンを買う人もそのパンを買うために自分が提供できる(例えば牛乳)ものを最高の品質で最低の価格で提供する。結果として、みんな自分の利益を実現することが、社会全体で最高の品質を最低の価格で手に入れることにつながることになるだろう。

これがスミスの結論だ。もちろんこれは一種の理想像だろう。でも、リーソンによれば、海賊たちはそれを見事に実践しているわけだ。船長含めて海賊たちは、最高の労働への努力を、最低の報酬で提供しあって、そこでは出し抜いてうまいことをやろう(=最低の努力で、最高の報酬を得る)ことはしない。そうした方が得だからだ。

スミスが考えた理想的な社会を、のちの人は「見えざる手」と称した。人間が見ることができない神様の配慮で、社会はうまくまわっている、ということだ。海賊の場合は、「見えざるフック」といわれている。フックって、ピーターパンにでてくる有名な海賊のことだね。で、「見えざる手」と「見えざるフック」をまとめて、僕たちは“市場”といっているんだけど、まあ、その話はいまはいいや。

さてまたまた紙数超過。次回こそテロリストとトイレの問題が同じことを経済学の見地から考えたい。あ、ちなみにリーソンの求婚は大成功。マラッカ海峡やソマリア沖とかの海賊たちが祝福したかはわからないけど。