日本経済のリアルな認識を育む

本書は高橋是清の生涯を丹念に辿ることを通じて「日本のケインズ」と呼ばれる稀代の財政家の足跡と彼を育んだ思想的背景を体系的に論じた評伝である。

高橋に関する類書は多いが、本書の特徴の第一は「訳者あとがき」にあるとおり、これまで活用されなかった英米資料を発掘の上で日本語の文献を組み合わせることで、「国際人」としての高橋是清の側面とその形成過程が生き生きと描かれていることだ。

高橋の人生は生涯を通じて苦難の連続であった。だが、生来の楽観的な気質と幼い時から親しんだ英語の能力、そして封建的な教育を施されていなかったことが逆に利点となって、欧州、特に英米の知見を書物のみならず人々との関わりを通じて習得するという、他の同時代人とは異なった次元を高橋は獲得する。その点が、ペルーでの銀山経営の挫折を経た後の横浜正金銀行及び日本銀行における金融家としての成長や、日露戦争の外債調達の成功、ひいては大蔵大臣、政友会に所属する政治家といった形での栄達の一因となったのである。

著者は、高橋の政策観に大きな影響を与えた人物として、前田正名とジェーコブ・シフを挙げている。本書の特徴の第二は高橋の政策観に二人が与えた影響についての考察である。1880年代に高橋と農商務省の同僚であった前田は、『興業意見』としてまとめられた提言の中で、西洋から日本に重工業を移植する過程で、中央や財閥を潤わせる形ではなく、自作農家や地元の小規模企業家が利益を得ることが可能になるような経済成長が必要だと論じ、デフレ政策を推し進めた当時の大蔵卿松方正義を激しく批判した。前田は高橋の思想の中に、経済成長は軍備よりも重要だとする信念を植えつけることとなる。他方、シフをはじめとする英米財政家との交わりは、高橋にニヒリスティックではない、リアリスティックな形で日本の立ち位置を認識させた。これらの人々とのつながりが高橋に自国の経済発展、特に地方分権を意識し国民の所得の向上を重視する対内政策観と、英米協調、中国との融和といった対外政策観を持たせることになる。

1930年代に入り本格化した世界大恐慌、国内では昭和恐慌という未曾有の事態が生じた際に5度目の蔵相となった77歳の高橋の眼前には、経済の急激な悪化とともに、政党政治家に対する諦念や恐慌の痛手の中で国民に支持された軍部という組織が立ちはだかっていた。高橋は度重なるテロルと粛清の中で、孤立無援というハンディを背負いながら経済政策を行っていく。

経済政策の目覚しい成功、そして暗殺

高橋の経済政策についての本書の記述は緻密である。高橋が行った政策は以下のようなものだ。つまり、金本位制の離脱に伴う為替レートの切り下げ、公共事業の拡大や軍事的費用の支出を含む政府支出の大幅拡大、不況により減少した税収と拡大する財政支出の差を埋めるための国債発行、そして国債を日銀に引き受けさせ、日銀は適切な頃合いを見計らって引き受けた国債を市中で売却すること、大規模な金融緩和策を可能にするための日銀の保証発行限度額の大幅拡大、金利の引下げの促進、地方銀行への融資拡大を通じた地方金融の増強といった政策である。

高橋は1932年から36年にかけて、これらの政策を実行していく。1931年度の中央政府の歳出は15億円であったが、32年度の歳出は20億円と3分の1増加した。税収は低迷していたため、歳出と歳入の差額は国債発行で穴埋めされるが、国債発行額は31年度の3000万円から32年度に7億円と大幅に拡大する。35年度までの歳出は20億円~23億円の水準で推移し、国債発行額は6億円から9億円のレンジで推移した。日本銀行はこれらの国債を引き受けたが、1935年末までに引き受けた国債の9割を市中で売却したことも留意すべきだろう。つまり、日銀は国債を引き受けることで増加した流動性を、一定の期間を経てほぼ吸収していたのである。そしてこの間の消費者物価の上昇率は年率3%未満と低位に抑えられた。

高橋が行った政策は、軍部、文民官僚、恐慌対策(時局匡救事業)向けの支出を増加させた。軍部の予算は1931年度から33年度にかけて2倍以上に拡大し、35年度までに10億円を超え、政府予算の半分弱を占めるようになった。軍部以外の省庁による支出は1931年度から33年度にかけて16%増加し、34年度、35年度とわずかに減少した。中央政府は1932年度から34年度にかけて5億4400万円を時局匡救事業として支出したが、その後全ての事業が廃止された。時局匡救事業の廃止の背景として、高橋が中央政府主導の事業に強い疑念を抱いていたことを著者は指摘する。1932年度から34年度にかけての政府投資は17億円に相当し、恐慌対策としてかなりの効果を上げたが、それでも軍部が受け取った金額の3分の2には届かなかった。

マクロ経済学的な見地からすれば、高橋の政策の効果はめざましい。1931年から36年にかけて名目国民所得は60%増加、消費者物価は18%増加した。そして就業者数が増加し、1936年には完全雇用の状態に復帰する。個人所得も回復していき、タイムラグを経て経済の最低層であった農業労働者の実質賃金も1935年から39年の間に増加に転じた。日本は米国よりも5年も前に世界恐慌から脱却し、ドイツを除くどの先進国よりも劇的な復活を果たしたのである。

このように高橋の経済政策は成功を収めたといえるだろう。しかし、「軍国主義への最後の障壁」である高橋が2.26事件により凶弾に倒れると社会のうねりは急転していき、我が国はどん底への道を突き進んでいくことになる。

成功と失敗から何を学ぶか

本書の魅力は、1854年の出生から1936年に2.26事件で暗殺されるまでの高橋の生涯をみることで、明治から大正、昭和の戦前期までの歴史を一気にたどることができる点にある。そして第一次大戦から戦間期を経て第二次大戦へと向かう道程を一望する時に私が感じるのは現代との奇妙な一致、もしくは既視感である。第一次大戦景気というバブルが崩壊した後の1920年代における日本の長期停滞は、バブル崩壊以後のわが国を襲った1990年代の「失われた10年」と重なる。停滞は後半期にマイルドなデフレを伴いつつ進行したという意味でも共通である。デフレを伴う長期停滞は、社会の弱者層に影響を与えつつ、格差を内包する形で社会を蝕みつつ深刻化していく。現代と昭和期には多少のラグはあるものの、こうした10年の停滞の後に世界経済が変容していき、再度不況に陥るという点でも共通した動きが生じている。

もちろん、以上はアナロジーであって同じ事態が繰り返されるのではない。歴史上の事実と現在における事実とは異なるという戒めは押さえておくべきだ。しかしそうであったとしても共通点を感じずにはいられない。先に見たように我が国は昭和恐慌からいち早く立ち直ることができたのに対し、現代の我が国の回復は緩慢で、マイルドなデフレと総需要の停滞を克服できずにいる。しかし政治への国民の抜きがたい不信といった感覚は共通のものではないか。当時と同じく現代の政府も「一時の便法」であっても兎に角経済を回復させるという認識を共有し、実行するという気概と行動力に欠けている。識者の多くは停滞を好み政府の失敗を糊塗することに躍起になっているか、為政者の失言を批判さえすれば良いという錯誤に陥ってはいないだろうか。

現代においては軍部といった具体的な形で政治の空白の間隙を縫って実力を行使する主体は存在していないと思われるが、我が国がこれまでの経済成長の結果として積み上げてきた様々な遺産が今後磨耗していくことを考えると、将来何が生じるのかは不透明である。我々の眼前に生起しているのは、総需要の停滞とデフレ、長期にわたる総需要の低迷の結果としての成長力の停滞という状況であり、これが様々な局面の矛盾や問題の表出といった形で緩やかかつ確実に社会構造を侵食しているという状況ではなかろうか。

高橋の経済政策、特に日銀の国債引き受けに対する批判は根強い。日銀の国債引き受けとは、財政政策と金融政策のポリシーミックスを行うということだが、1920年代の「失われた10年」を経て昭和恐慌に突入した当時の日本において時宜にかなった政策であり、実際に成功を収めた。これに対する代表的な批判として、日銀の国債引受けがその後の無節操な軍事支出とインフレを招いたというものがある。確かにきっかけを作るという意味で高橋の政策は一定の役割を果たしたのかもしれない。だが本書の記述にあるとおり、高橋は攻撃的外交政策や過剰な軍事支出、外国からの借り入れが日本の信用状態を脅かす場合には一貫して反対の立場をとっていた。軍事費は拡大したものの、1933年度から36年度までの4年間の軍事費の国民所得比は6.5%程度で安定して推移しており、軍事費の重点配分が進むのは高橋の死後である。そして2.26事件で高橋が暗殺されたのは、経済が回復軌道に乗ったのを見て、日銀の国債引き受けを止め、軍事予算を削減しようとして、軍部の反感を買ったためである。高橋暗殺以後にインフレ率が亢進したのは、政府が軍事費を調達するために国債の消化能力を無視した日銀の国債引き受けを続けたためである。

後世の一凡人たる我々は、ともすれば過去の成功例の欠点をあげつらい、現代と過去とは異なるという極めて分かりやすい了解を慰めとして共有してはいないだろうか。私は後世の一凡人が過去の偉人に勝てる唯一の強みがあると思う。それは歴史のその後を知っているという強みだ。成功が失敗への端緒となったのであれば、むしろそれを糧として先に進むことが可能なのも後世の一凡人の利点であり、責務でもある。

歴史の女神であるクリオが照射する事実は、デルポイの神託のように明晰であるとともに曖昧でもある。明晰かつ曖昧な歴史の事実を探り、冷静に神託に耳を澄ませることを好む読者には、本書は格好の楽しみと、現代につながる歴史の教訓とを提供してくれるだろう。(初出:藤原書店『環』Vol.48掲載原稿を転載。ご了承を頂いた関係者様に御礼申し上げます。)

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