『電気と工事』から転載。

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 流通ジャーナリストの金子哲雄さんがお亡くなりになった。享年41歳だった。金子さんとは、いままでたった一度しかお会いしたことがなかった。しかしその一度の機会はおそらく生涯なかなか忘れることができない、僕には貴重な体験だった。

 本連載でもとりあげたことのある日本の代表的アイドル“ももいろクローバーZ”のイベントで、金子さんと共演させていただいたのだ。当時は、東日本大震災の発生からまだ一月あまり、2011年4月12日、場所は鶯谷(東京都)にある東京キネマ倶楽部だ。ダンスホールを改築したアンティークな感じの小規模な舞台である。まだ当時は、ももいろクローバーZは、日本を代表するとはとてもいえず、どちらかといえばまだその他大勢の女性グループアイドルのひとつにすぎなかった。

 そもそもこの2日前に、彼女たちから有力メンバーが抜けて、名称を変更。“ももいろクローバー”から“ももいろクローバーZ”に名称変更したばかりの新生ほやほや。しかも僕は経済学者、そして金子さんは流通ジャーナリストという、アイドルの世界とはあまり接点のない業界のふたり、そこに中学生と高校生からなる五人組がからんでのトークショーだった。彼女たちにも初挑戦の試みだったろうけど、僕にとっても、AKB48に続く二回目のアイドルとの共演、しかも初めてのライブ収録である。トークショーの参加者全員、緊張しないわけがない。

 金子さんも緊張はしていたのだと思う。控室で初めてご挨拶したときも、やはりこのイベントがかなり風変りであることを話題にした。もちろん、僕に比べれば格段に、テレビの世界に慣れてらっしゃるので、その意味での落着きは感じてはいた。金子さんから感じた緊張した雰囲気というのは、むしろ仕事に真摯に取り組むもの独特の空気だった。金子さんの衣装はかなり計算されたもので、また台本の消化にも余念がない感じだった。

 「この人はプロだな」と僕は本当にそのとき思った。声は柔らかい感じがするが、その仕事への姿勢は白刃に似ている。

 ところで、ももクロZとのトークショーは大苦戦だった(笑)。だが、その苦戦はとても面白い展開ともいえた。いまはDVDにもなり、また書籍化もされて、おかげさまでロングセラーになっている。金子さんの追悼番組でもこのトークショーは何度も繰り返し放送されていた。金子さんにとってもこのももクロZとの共演は、代表的な業績になったのかもしれない。なぜなら、金子さんはそのトークショーの中で、まさに彼ならではの「ももクロZの成功の法則」を提示していたからだ。そのキーコンセプトは、女性ファンの獲得と、また紅白への出場を目指す具体的な露出戦略だった。

 いまから一年半前では、その会場にいた女性のファンはわずか10名ほど。全体の観客も座席にすわって鑑賞できる程度の人数だった。ところが、この金子さんのアドバイスが効いたのか、ももクロZはその後、「女祭り」と題した女性ファン限定のイベントを行い、着実に女性層の心を捉えた。
 この異種格闘技のトークイベントは今年(2012年)の春にも行ったのだが、同じ会場で、しかも今度は立ち見形式で超満席だった。そしてなによりも女性客だけのスペースをもうけ、そこに大勢のファンが押し寄せていた。女の子の服装もなんだかももクロ風味だった。

 いまや、ももクロZは、AKB48の次に位置する女性アイドルであることは間違いない。そして、金子さんの第二の戦略であった、NHKの紅白出場も内定したと聞く。金子さんの予想どおりの展開だ。一部のファンには、このときの金子さんの「予言」は評価が高いとも聞く。

 ももクロZは間違いなく日本のアイドル史に残るメンバーだろう。しかもももクロZにとってもこのトークショーは記憶に残るものだったようだ。特にMC(トークの仕切り役)を担当した佐々木彩夏さんは、舞台裏で悔し涙を流していたし、そのときの僕らとの共演を後にインタビューなどで振り返り、その「失敗」と経験が、彼女が大きく飛躍できるステップだったとしている(『Quick Japan』98号)。このことは、若い可能性の開花にかかわることができたことで、金子さんもきっと喜んでいることだろう。もちろん僕もとてもうれしいことだ。

 まさに金子さんとの出会いは一期一会であった。

 ところで、金子さんの流通ジャーナリストとしての業績を簡単に紹介したい。もちろんすべてを網羅できるわけもなく、僕が拝読した1,2の著作からのほんのさわりの部分だ。金子さんの経済論の基本は、「超三流主義」である。これはご本人の要約だと、「年収二百万で、六百万の生活を実現する」ものだ。年収が低いから、それに合わせて節約をする。しかし節約をすることが貧しい気持ちにつながらないような創意工夫をとことん考えそれを実践し、また紹介する。これが金子さんの「超三流主義」の生き方だ。

 例えば、ハワイをみて感動するよりも江ノ島をみて感動するような感性を磨くこと、これは「幸せのコスト」を引き下げることになる、と金子さんは指摘している(金子哲雄『超三流主義』扶桑社)。

 著名な経済学者の高田保馬はかって、『貧者必勝』の中で、なぜ貧困が生じるのかを次のように解説した。自分の住む家が長屋であってもそのこと自体には「貧しさ」の感覚は生じない。だが自分以外のまわりの人がみんな大豪邸に住んでいると、その見栄えの格差が、長屋に住む人の心に「貧困」を生む。これを高田保馬は、米国の経済学者のソースタイン・ヴェブレンを援用して「誇示の要求」とした。他人よりも自分の見栄えを誇示したい、そういう気持ちが貧困の根源であるとしたのだ。

 金子さんの「超三流主義」とは、いわばこの「誇示の要求」を引き下げる方策を考えようというものだろう。高田が『貧者必勝』の基本コンセプトを得たのは、昭和恐慌の厳しい不況期だった。金子さんの「超三流主義」もまたリーマンショック以降の厳しい不況を背景に鍛えられた考えだった。

 さらに金子さんは遺著『「持たない」ビジネス 儲けのカラクリ』(角川oneテーマ)で、なるべく個人も企業も資産をもたない自由な選択の可能性をとことん論じた。例えば、マンションであれ一軒家であれ、持ち屋を維持することで、その人の金銭もまた移動可能性も奪われることが、どれだけいまの社会でコストが高いかを、金子さんは熱意をこめて論じている。しかもただ資産をもたない生き方をたたえるだけで終わりにはしていない。資産をもたないかわりに、「営業力」をもてという。それは次のようなものだ。

 「ここでいう営業力とは、人間関係で生じるすべてに敏感かつ適正に反応することです。ときにはそれは上手な聞き役であり、べたべたなヨイショであり、真摯に働く後ろ姿となります」 。

 まさに金子さんの「営業力」こそ、僕が一期一会の場でみたものだろう。謹んでご冥福をお祈りする。