1月21日・22日の政策決定会合で日銀は政府の要望を受けて「2%のインフレ目標」を明言するのではないかとの観測が流れている。インフレ目標については、若田部昌澄教授が明快に整理するように、次のような論点がある(「日本の経済―2013年の論点」α-synodos vol.116)。

1.目標か目途か
2.何で定義するか(総合なのかコアなのか、もしくはコアコアなのか)
3.どれくらいの物価上昇率をめざすか
4.達成期間を明示するか
5.基金枠ではなく、目標達成までの無制限購入か

以下では上に挙げた3番目の論点における白川総裁の発言を検討しつつ、80年代後半の物価上昇率低下の原因を探ってみることにしたい。

物価上昇率2%は無理な話なのか?

さて白川総裁は昨年11月20日に記者の質問に答え、バブル期の物価動向にふれて、バブル期で景気が最も加熱した状況でもゼロ%台の物価上昇率であったことを踏まえると、日本の家計や企業が「物価が安定している」と考える物価上昇率は欧米よりも低いのではないかと述べている。つまり2%や3%といった値ではなく、日銀が現在採用している1%が日本の現状から考えると望ましいのではないかということだ。該当箇所を引用すると以下のようになる。

『(問) 現在、日銀は、物価目標を 1%としていると思いますが、現在の日本経済において、一般論として、3%という物価目標が現実的な目標だと思われますか。

(答) まず、日本銀行が発表している「中長期的な物価安定の目途」ですが、これは正確に言うと、「2%以下のプラスの領域」ということです。その上で、当面は 1%を目指すというのが、私どもの正式な表現です。今、3%に関するご質問を頂きましたが、その問いに対するお答えは、現実的ではない、ということですし、また、経済に対する悪影響が大きい、と判断しています。
このように判断する理由ですが、いつも申し上げている通り、わが国においては、バブル期で景気が最も過熱した時期、すなわち 1980 年代後半においても、海外の物価上昇率よりも低く、平均 1.3%でした。1986 年、87 年、88 年には、1%以下、つまりゼロ%台の物価上昇率でした。そうした状況を踏まえると、日本の家計や企業が「物価が安定している」と考える物価上昇率は、欧米の場合よりは幾分低いと判断されます。こうしたもとで、例えば、3%という物価上昇率を、国民の皆さんが「物価が安定している」と感じられるのかどうか、これは慎重に検討する必要があると思っています。・・・・(以下略)』

ちなみに、この記者会見での白川総裁の発言は、記者会見の前に白川総裁が行った講演「物価安定のもとでの持続的成長に向けて」を踏まえたものであろう。講演資料の図表15を見ると、消費者物価指数の「生鮮食品を除く総合」(コア)指数(年度平均値)を用いて、物価上昇率を計算したうえで発言されているようだ。

確かに、バブル期で景気が加熱しているにもかかわらず物価上昇率の伸びが大きくなかったというのであれば、海外と比較して我が国にとって望ましい物価上昇率の伸びは小さいという理屈はありえるのかもしれない。しかし結論は物価指数を検討してからでも遅くはない。

80年代後半のコア指数とコアコア指数の伸び率は大きく異なる

図表1は白川総裁が依拠している消費者物価指数(コア指数)の伸びとあわせて消費者物価指数(コアコア指数:欧米型コア指数の伸びの推移をみたものである。

図表をみると、コア指数の伸びは86年度から88年度にかけて0%台で推移している。確かに白川総裁が述べるように、1%以下の水準である。一方で同時期のコアコア指数の伸びをみると1.3%から1.7%で推移しており、確かに他の時期と比較して低いものの、0%台ということはない(注)。

図表1 消費者物価指数(コア指数、コアコア指数)前年比の推移

(資料)総務省『消費者物価指数』より筆者作成

先程の記者会見の発言に即して80年代後半の物価上昇率の平均値(前年比伸び率の単純平均値)を計算すると、85年~89年の平均値でコア指数の伸びは1.2%、コアコア指数の伸びは1.9%となる。コアコア指数で見る限り、物価上昇率は1%を有意に超えており、ほぼ2%に近い。80年代前半(80年~84年)の平均値はコア指数の場合3.7%、コアコア指数の場合3.8%である。80年代の平均値はコア指数2.5%、コアコア指数2.9%である。80年代を通じてみると、物価上昇率は2%から3%の枠内にほぼ収まっている。以上からは、白川総裁が指摘するように、2%という物価上昇率が高すぎるということにはならない。むしろ、概ね2%から3%の枠内に物価上昇率を安定させていたという実績が既にあるということではないか。

80年代後半のコア指数の伸び率を押し下げた要因は何か?

それでは、80年代後半、特に86年度から88年度におけるCPIコアとCPIコアコアの物価上昇率の違いは何が影響しているのだろうか。これにはCPIコア(生鮮食品を除く総合)には含まれる一方で、CPIコアコア(食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合)には含まれていない財の価格変動が影響している。

まず対象品目を整理しておこう。図表2はコア指数及びコアコア指数の対象品目を整理している。コア指数には含まれているものの、コアコア指数には含まれていない財とは、具体的には「生鮮食品を除く食料」、「電気代」、「都市ガス代」、「プロパンガス」、「灯油」、「ガソリン」ということになるわけだ。

図表2 コア指数とコアコア指数の違い(参考)

(資料)総務省ホームページ

以上の準備を行った上で、具体的に価格上昇率を見ていく。図表3は消費者物価指数統計から、「生鮮食品を除く食料」、「電気代」、「都市ガス代」、「プロパンガス」、「灯油」、「ガソリン」「その他の財(以上挙げた財以外の財を一つにまとめたもの)」の各財のコア指数上昇率への寄与度を示したものである。折れ線グラフはコア指数の物価上昇率、棒グラフが各財の寄与度を意味する。

図表3 各財のコア指数伸びに対する寄与度

(注)寄与度は((当該年度の対象財の指数―前年度の対象財の指数)×(対象財のウエイト/コア指数のウエイト))/前年度のコア指数×100により計算した。

(資料)総務省『消費者物価指数』より筆者作成

図表3をみていくと、「ガソリン」、「灯油」、「電気代」、「プロパンガス」、「都市ガス代」といったエネルギーの寄与は80年こそ2.8%程度であったが、その後コア指数の伸び率が低下するにつれて減少していき、ゼロ%台からマイナスで推移している。特に、コア指数の伸び率が1%を下回った86年度から88年度にかけてのエネルギーの寄与はマイナスとなっており、これがコア指数の物価上昇率の押し下げに寄与している。またこの時期には生鮮食品を除く食料の価格も安定的に推移している。つまり、80年代後半にコア指数の物価上昇率が低下したのは、エネルギー及び食料の価格上昇率が小さかったことが原因である。

なぜエネルギー及び食料の価格上昇率は安定的に推移したのだろうか。我が国はエネルギーの大半を輸入によりまかなっているため、消費者物価指数におけるエネルギー価格の動きは海外の市況に左右される。原油価格(WTI)はこの時期緩やかに減少しつつ推移していた。石炭価格も同様である。図表3の電気代は86年度、87年度にマイナスの寄与となっているが、燃料費低下に伴う電気料金暫定引き下げ(86年6月~)といった動きが対応している。また食料品についても、小麦・大麦・とうもろこしといった財の価格は緩やかに低下しつつ安定的に推移している。以上からは、エネルギー及び食料の価格上昇率が安定的に推移したのは、海外市況の値動きが安定していたことが大きな理由であるとわかる。

海外市況が安定的に推移した点に加え、80年代後半は円高局面にあったことも重要なポイントである。図表4のように、85年1月のドル円レートは1ドル=254円程度であったが、プラザ合意以降大きく円高にふれていき、88年12月には1ドル=123円代まで円高が進んだ。円高が進めば、ドルベースの輸入価格に変化がなくても、円ベースの輸入価格は低下する。海外市況の変化も相まって円高が進んだことが食料及びエネルギー価格の低下、ひいてはコアベースの消費者物価指数の伸びの低下に寄与したという訳だ。

図表4 ドル/円レートの推移

(資料)日本銀行

総合・コア・コアコア指数を踏まえた検討が必要

80年代に限らないが、物価指数の動きを見る場合には、全ての財が対象となる総合指数、生鮮食品を除く全ての財が対象となるコア指数、食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く全ての財が対象となるコアコア指数の三つの動きを踏まえた検討が必要である。

2000年度から11年度までの物価指数の動きをみると、食料及びエネルギー価格はコア指数の伸びに対してマイナスではなくプラスの形で寄与している。つまり現時点は80年代と比較して物価が上昇しやすい環境にある。問題はデフレが長引くことで、食料及びエネルギーを除く財の価格が容易には上がらない状況にあることだ。

仮に早すぎる心配をしたいのであれば、2%のインフレ率が達成できそうにないことを心配するのではなく、むしろ2%以上のインフレ率が成立した際に早期に引き締めをおこなわないようにすることを心配すべきではないだろうか。

注:ちなみに、89年度の物価上昇率の伸びが白川総裁の講演資料と比較して高くなっているが、これは恐らく、1989年に消費税を導入した際の影響を日銀資料では除いていることが影響していると考えられる。図表1では消費税導入による物価上昇分を控除することなく計算している。