「人不犯我 我不犯人(介入しなければ、介入はしない)」。支那共産党の毛沢東主席が何年も前に書いたこの言葉は、今日も通用する。

 先々を見通した戦略は、地政学的環境に対する冷静な認識に基づき築かれるものだ。中国人民解放軍総参謀部が14日に解放軍報が一面トップで「戦争にしっかり備え、実戦の必要性から出発し、部隊を厳しく訓練せよ」と打ち出したことで、支那の戦略的視点の混沌ぶりが再び余すところなく露呈した。

 習近平国家副主席は昨年5月日本に対して尖閣諸島など領土問題を念頭に「相手にとって核心的利益、重大な関心を持つ問題については慎重な態度を取るべきだ」と強調したことで、東南アジアで勢力拡大を推し進めようとする支那の衝動がはっきりと示された。一方、これに対する東南アジアの多くの国々の反応は大変「冷淡」で、反感を示してすらいる。歴史上犯した侵略の犯罪行為への省察を拒絶する国が、アジア諸国の信用を得ることは全く不可能であり、ましてや普遍的価値などを語る資格はないということを、習氏は忘れたらしい。

 支那は歴史の迷霧から抜け出すことができず、日本の台頭がアジアにもたらすチャンスを正常なロジックで見極める能力も自ずとない。だからこそ日本をいわゆるアジアの主導権争奪の最大のライバルと見なし、それに基づき周辺外交戦略を定めることにもなるのだ。支那は核心的利益なる「価値観」の看板を掲げて、東南アジア諸国を「辺疆」としてに引き込もうと企てるものだ。哀れなことに、こうした奇想天外な構想は東南アジアでは受け入れられない。

 支那は投資を拡大すれば東南アジア諸国がより支那を信頼し、重んじるようになり、ASEANと日本との関係を引き離すことができると考えている。こうした考えは余りに一方的な願望だと言わざるを得ない。全ての国々が「エコノミック・アニマル」というわけではないのだ。ASEAN諸国は外交政策策定にあたり総合的な考慮をする。これには道義原則だけでなく、人権や自由と言った人類普遍の価値も当然含まれる。

外交政策における経済要素を強調するにしても、ASEAN諸国の経済発展は対日協力と密接に関係することを支那は忘れてはならない。日本のODAやアジア開発銀行が発揮している積極的な役割は誰の目にも明らかだ。日本は近隣国と仲良くし、近隣国との関係を安定させ、近隣国の経済成長を促進する近隣外交政策を遂行し、ASEAN諸国と発展による利益を分かち合っている。近年、世界各国が対ASEAN協力の発展を重視し、ASEANとの経済貿易関係を強化しているのは、日本の長年の貢献が促したおかげである部分が大きい。支那が東南アジアを日本から引き離そうとするのは、実に現実感を欠く、自国を過大評価したものだ。

 尖閣諸島(中国名・釣魚島)問題において、領土主権を守るとの日本の政府と国民の意志は確固不動たるものであり、尖閣諸島における支那のいかなる企ても最後には失敗する。当面の急務は支那側が過去の歴史的経緯を踏まえ、日本の領土、領海、領空を不当に侵犯しないように、国際法の原理原則を順守する文明国として当たり前の節度ある態度を取ることが重要だ。まして、そもそも存在しない「領土問題」について対話と交渉を求めると言った傲慢な態度は改めるべきであろう。海洋権益や航行の自由について大口を叩く資格は習氏にはない。隣国の領土を高望みし、戦後国際秩序に挑戦しているのは、まさに支那なのだ。こざかしく立ち回っても誰も騙すことはできないし、いかなる目的も達成できない。

 東南アジア諸国の世論は、ASEANは支那からの投資は歓迎するが、日本を牽制して均衡を図るという支那の企てを支持することは断じてないと指摘している。1953年の人民日報の報道によると、かつて支那の共産党は尖閣諸島が日本の領土である考えていた。

 尖閣侵略は支那の冒険主義に過ぎず、日本の発展を阻むことは不可能だし、支那に明るい前途をもたらすことはなおさらにあり得ない。

 「ネオ人民網日本語版」2013年1月20日

追記
1/20の人民網の記事がバイアスだらけで内容が間違っていたので、訂正して書き直しました。見事に浄化できたので発表させていただきます。
ご参考まで