日経平均株価が、一万二五〇〇円を超えた。二〇十二年十月(野田政権時)には八〇〇〇円台だったことを考えると、わずか数か月で三〇%以上の上昇を記録している。この、歴史的な経済回復を前にして「平成の名宰相」の呼び名も高い安倍総理だが、現在とは対照的に前回の第一次安倍政権は約一年程度と短期政権に終わっている。一体、前回の政権時と今回とでは何が違っているのだろうか?

その答えは、本書を読めばよくわかる。本書は気鋭の憲政史学者である倉山満氏が、明治以来百五十年の財務省(大蔵省)史を概観しながら日本の近現代史を検証していくものだが、倉山氏の卓越した整理能力に助けられ、読者は現在の政局をもわかりやすく理解できる構成になっているのだ。

倉山氏は、平成政治の構図をわかりやすく図示する。

橋本龍太郎・野中広務・日本銀行・中国・北朝鮮……旧竹下派(守旧派)
                VS
小泉純一郎・青木幹雄・旧大蔵省・米国・台湾……反竹下派(改革派)

この図を見ると、五年五か月の長期安定政権を築き上げた小泉純一郎の後継者である安倍総理は改革派に位置づけられる。では、小泉政権がそれほどの安定政権となった理由はいったいなんだったのだろうか?

倉山氏はその理由の一つとして、景気が回復軌道に乗ったことを挙げる。その事実は、日経平均株価の推移を見れば一目瞭然で、二〇〇二年を底に株価は上昇。それに伴い、実体経済も回復していくこととなる。

日経平均株価の推移 - 世界経済のネタ帳

だが、好況は長くは続かなかった。株価は二〇〇六年に日経平均で一七〇〇〇円を超えたものの、そこをピークに再び下降線を辿ることになる。それはなぜか?

その理由を、倉山氏は日銀の福井俊彦総裁の裏切りに見る。圧倒的な国民の人気を背景に持っていた小泉政権時代、福井総裁は政府の金融緩和路線にしかたなく協力した。その効果があり、株価や実体経済もゆるやかな回復基調にあったのだ。

ところが、福井総裁は小泉退陣が既定路線となったタイミングで金融緩和路線を翻し、緊縮路線へと舵を切った。小泉首相の後を継いだ安倍首相には、小泉ほどの政治的圧力は行使できないと見ての判断であった。

そうして発足した第一次安倍内閣は、景気の悪化に伴う不況という重荷を引き受けた形でスタートした。短命内閣に終わってしまったのは、歴史の必然だったのである。

このような苦い経験を踏まえた第二次安倍内閣には、もはや以前のような隙は無い。日銀の暴走を許さないため日銀法の改正を検討し、小泉政権を超える国民の圧倒的支持を背景にデフレ脱却を目指している。今後の安倍政権の行方を占う上でも、本書は格好のハンドブックといえよう。