・日本の原風景とは何か?

先日、保守系のCS放送局での討論会に出席した折、「日本が世界に誇るべき原風景とは何か」というニュアンスの話題に及んだ。話が交錯したので要点を纏めると、「 国道16号化現象(殺風景で代わり映えのしない郊外の画一的風景)に代表される戦後日本の風景は、唾棄すべき戦後レジュームの象徴ではないのか?」というものであった。

これには勿論賛否あったが、私が寧ろしみじみ痛感したのは、「青々とした水田」や「風情ある日本家屋」といったものを殊更美化し、「日本の原風景=守るべき日本の価値、日本人の心のふるさと」とした論調が、未だに「保守」の側に力強く存在しているというその現状である。

つまり、この論調を要約すると「戦後の経済成長は日本人の心を蝕み、日本人が太古から持つ自然や、それに準ずる風景を忘れてしまっている」というものだ。こういった論調を好む人の多くは、「いき過ぎた資本主義社会の歪み」とか「高度成長を通じた戦後日本の堕落」といった台詞を使って、「ここではない、どこか遠くに本当の美しい日本が存在する」という結論に落ち着く場合が多い。

この場合の、「ここではない、どこか遠く」の美しい日本というのは、大体において「オールウェイズ3丁目の夕日」的な昭和30年代であったり、またぞろ「地域共同体」が生きていた(と信じていた)時代とか、水田や棚田や里山が機能していた時代・・・らしいが、具体的に何時の時代を想定しているのかは定かではない。とりあえず、コンクリートの建造物や都市郊外の画一的な風景は「日本人の心性の劣化」「物質主義に毒された戦後日本人の宿痾」というニュアンスで締めくくられるのである。

・コンクリートとふるさと

私は緑の少ない街で育った。北海道の札幌は、国が豪雪地帯に指定する政令市だが、1年の半分は雪に閉ざされる寒帯なので、当然常葉樹というのは存在しない。街路樹の殆どは、1年の半分を枯れ木として佇ずむ。周辺地域は畑作が中心で、家屋も酷寒に耐えられるように真四角のコンクリートで建造され、画一的なものが主流だ。「日本人の心の原風景」と呼ばれる水田も、日本家屋も、瓦屋根も、棚田も、里山も私は知らない。東京から発信される「旅番組」等で時折流れる「原風景」的な光景に、何時も違和感があった。タレントや文化人が、里山を歩いて「日本人が忘れていた心の故郷ですね・・・」という。何時も私はその台詞に懐疑的だった。私の原風景とは、水田や棚田などではなく、乾ききったコンクリートと、全く画一的に建造されたマンション群と、電柱であったからだ。

しかしこの様な感性を持つのは、あたり前のことだが北海道出身者だけではない。「新世紀エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督は、やたらと作中に電柱を絵描くが、雑誌のインタビューで「私の出身は山口県で、緑が少なく、工場群とコンビナートと電柱ばかりだったから、これが自分の心象風景なんですよ」と答えている。この感覚は、庵野氏特有のものではないはずだ。西日本や関東の大都市や、工業地帯で青春時代を過ごした多くの日本人にとって、「原風景」とは水田や棚田などではなく、ひび割れたコンクリートや工場の煙突であるという事実は、前述の「原風景論」を好むような「保守」の面々からは余り好意的に迎えられていない。

・団地ブームの源泉

いま、世は空前の「団地ブーム」である。加えて、「工場萌え」や「ダム萌え」なんて趣向も盛り上がっている。写真集やツアーが次々と企画されている。かくいう私も、団地が大好きな人間の一人だ。私自身、公団や公社団地に住んだことはないが、画一的で、均一で、風雨に晒され、ひび割れ、しかし限られた空間と予算で極限まで生活水準を高めようと設計された日本全国の団地を尋ねると、堪らない親しみとノスタルジーを感じる。

勿論私は、「日本の原風景」的な場所にも、心うたれるときはある。北海道には存在しない青々とした水田や、築半世紀をゆうに超えるような日本家屋を目にしたとき、営々と続いてきた日本の地域社会の営みを感じる。感じるが、そこに共感はない。「へぇ、凄いなぁ」という驚きはあっても、そこに何か原風景を見出すことはない。駅からバスで2,30分もかかってようやく辿り着く、丘陵地帯にところ狭しと建設された高度成長時代の4階建ての公団住宅と、ひなびた給水塔の方が、「発見」や「驚き」には乏しいが私には着実に安堵感を与えてくれるのだ。
きっと、団地や工場が好きな人達の多くは水田や棚田や里山や日本家屋に原風景を感じない、都市部とその郊外で育ったサイレント・マジョリティーなのだろう。考えてみれば当たり前だ。日本の都市人口が国民の過半数を超えてはや数十年。都市の風景しか知らない日本人が、本当は多数を占めつつ或るのは当然である。

・戦後日本は幻なのか?

問題なのはつまり、こういった「コンクリートの原風景」を一等見下す風潮が、いまだに根強く存在するという冒頭の現状である。そもそも、現在日本にある水田や河川や湖沼というもののほとんどは、江戸時代以降に人工改修されたもので、「日本の原風景」とは一体どの時代以降ものを指しているのかか、という議論をすっ飛ばしていることが大前提的に問題だが、それはともかくも、「美しい日本の原風景」論、に傾倒する人々の多くが、まるで戦後が全てダメ、という偏屈した史観で世の中を見ているのではないか?と思わせてしまうような世界観である。
この問題は、押井守監督の『機動警察パトレイバー劇場版Ⅱ』で既に答えが出ていると私は思っているのだが、ここに引用したい。(この作品を観たことがない人は至急見ていただくとして)劇中の最後で、戦後日本での革命―三島由紀夫的な-を目論む柘植というキーマンが、戦後日本を「幻のようだ」とボソリと形容する場面である。これに対しヒロインの南雲はこう切り返して本作は終劇するのだ。

「例え幻であろうと、あの街ではそれを現実として生きる人々がいる。それともあなたにはその人達も幻に見えるの」

戦後日本の繁栄は幻だとして、そこにできた風景をまるで日本人の劣化、とでも言わんばかりに切り捨て、「本当の日本の原風景はこんなものではない」とする見解は、本作の柘植の独白に重なる。
確かに、「美しい日本」の、水田や棚田や里山や日本家屋のそれを知らない私は、戦後日本という名の幻の中で、「本当に美しい風景」を知らないまま生きてきたのかもしれない。しかし、私はその幻を現実として生きている以上、やはり彼らの言う「日本の原風景」は嘘だ、と言わなければならないのである。そういう想像力が、足りない人が多い気がする。

※本文冒頭の写真素材は、著作権フリー素材写真集『足成』の「栗屋」様の作品を使用させていただいたものです。