連続対談「ミュルダールを超えて」は、様々な価値観や考えをもっている方々と、僕=田中秀臣が1時間ほどの対談を通してそのお考えにふれ、その思想の深さを知ろうという企画です。そして対談の通題にした、ミュルダールとは、ノーベル経済学賞を受賞した北欧の経済学者グンナー・ミュルダールからとったものです。一年半ほど時間が空いてしまいましたが、また再開していきたいと思います。

 再開第一弾は、90年代の代表的なグラビアアイドルのひとり、嶋村かおりさんです。嶋村さんは200誌以上の雑誌のカバーガール、20冊もの写真集、Vシネマの女王として広い人気を集めていました。何を隠そう、僕は嶋村さんのファンで、写真集をほとんど持っていないのですが、嶋村さんの写真集とアービング・ペンのだけは所有しています。

 嶋村さんと対談するきっかけになったのは、僕の『AKB48の終焉』(主婦の友社)で協力していただいたライターの長谷川晶一さんが書いた『私がアイドルだった頃』(草思社)を読んだことがきっかけです。この本には、かってのアイドルだった女性たち(大西結花、矢部美穂、新田恵利ら13名)のインタビューが掲載されていて、彼女たちがいまの時点からかってのアイドル時代をふりかえり、そもそもアイドルとはなんなのかを考える優れたルポでした。その中に嶋村さんも登場していたのです。今回は、長谷川さんにも対談に加わっていただき、嶋村さんの「グラビアアイドル」時代の経験を中心に話していただきました。その中で、嶋村さん的なグラビアアイドルがまた日本の文化シーンで、そのままでないにせよ、再び復活するのではないか、という問題を考えてみたいと思ったからです。

 ところで日本における「グラビアアイドル」とはなんでしょうか? いまだとコンビニのマンガ雑誌や週刊誌などを中心にして、その表紙・巻頭・巻末あるいは袋とじなどで、多くの女性たちがそのビジュアルを提供しています。あまりに見慣れた光景なので、昔からこのスタイルが継続していたように思われる人たちが多いでしょう。もともとは米国『PLAYBOY』誌の「プレイメイト」が元型といわれています(仲俣暁生「「激写」から遠く離れて『グラビア美少女の時代』(集英社)所収」。仲俣の説明によれば、日本にこの「プレイメイト」的な概念が輸入され、70年代における篠山紀信の山口百恵の水着写真など当時の代表的なアイドルたちの「激写」ブーム、さらに80年代前半での「ヤング向け」マンガ雑誌での野村誠一の「恋写」という表紙や巻頭での女の子たちへの感情移入を伴った写真の掲載が端緒となり、やがて90年代に入り細野晋司らの活躍によってこの日本的なグラビアアイドル(日常的なアイドルやアイドルの卵たちの自然な表情を撮ることを中心とする文化)が定着していくことになります。

 他方で、この流れと並行して、イエローキャップ的な商法のフォーマット(グラビアアイドルから多様な活躍の舞台をひろげる手法)も大きく発展していきます。いまの時点からふりかえると、嶋村かおりさんが活躍した90年代は、まだこれらの流れが生まれてきたばかりで、十分なフォーマット化、細分化もされていない時代でした。イエローキャップ方式でいえば、グラビアアイドルから多様な分野へ、というのが定番なのですが、以下の対談をみてもわかるように、嶋村さんの活動は、グラビアからレースクィーンの活動をやり、またグラビア中心、そして女優としての活動をグラビアの仕事と並行してすすめていくというものでした。90年代とくらべると、現在のグラビアアイドルはまた「コンビニで会えるアイドル」とでもいうべき存在になっていますが、90年代のグラビアアイドルの一部は、その神秘性や偶像性、なによりも超越した美的なもの、あるいはエロスを保持していたのではないか、と思えます。いま列挙した要素は、少なからず今日のグラビアアイドルの代表者―壇蜜らーにも継承されているものでしょう。対談の終わりに、グラビアアイドルを批評的に考える際の参考文献一覧を掲示しましたのでご利用ください。

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田中:嶋村さんの大ファンで、現役でいらしたときにホームページなどもよく拝見していたのですが、2001年以降、経済関係が忙しくなってしまい、実は長谷川さんの本を読むまで、嶋村さんが一時引退していたり、ホームページも閉じていたことも気が付きませんでした(嶋村かおりさんの現在のブログこちら)

嶋村:そうですね。四年くらい何もしてない空白の期間がありました。

田中:それはファンとしてここで謝罪します。

嶋村:(笑)

田中:長谷川さんの本のインタビュー自体はちょうど三年ほど前に行われたんですね。

長谷川:2010年7月にインタビューしたものです。

田中:そのときはいまやってらっしゃるブログの方はもう初めてらして?

嶋村:そうですね。もう始めてたと思います。

田中:ともかく本当にいまあがってまして。嶋村さんは「アイドル」というくくりではないように思っているのですが、ご自分ではどうですか。

嶋村:そうですね。長谷川さんの本での他の方々はみなさん、バリバリにアイドルの方もいますが、わたしは「グラビアアイドル」というくくりだと思います。

田中:僕はアイドルというよりも「写真を使ったアーティスト」だと思っているんです。

嶋村:そんな田中さんみたいなことをいってくれる方はいないです(笑)。

田中:いえいえ、僕は実は「グラビアアイドル」自体には興味がなかったんです。嶋村さんの写真集は、「美しいもの」というカテゴリーで、自分の中にはなってまして、それではまって買い続けました。

嶋村:ありがとうございます。

田中:当時の嶋村さんも、ご自分を「グラビアアイドル」と考えていたのでしょうか?

嶋村:そういう意識よりも、グラビアアイドルと並行してVシネマもやっていましたので、地道に女優としてやっていこうと思っていました。どうしてもグラビアの仕事の方が多くて100%女優という形に行けなかった面はありました。

田中:当時はちょうどVシネマの隆盛期にあたりますよね。どのくらいの本数でたのでしょうか? 7、8本くらい?

嶋村:(自身作成の資料を見て)いえ、10本です。

参照資料1(嶋村かおり氏作成の資料に基づく)
出演Vシネマ
1995年「XXダブルエックス美しき獣」(東映)主演 (監督・池田
1995年「監禁列島・美しき女豹」(TMC)主演 (監督・佐々木浩久)
1996年「リイップスティック」(イメージファクトリーIM)主演 (監督・那須博之)
1996年「ROSE 殺戮の女豹」(ジャパンホームビデオ)主演 (監督・神野太)
1996年「仁 JINGI 義8」(徳間ジャパンホームビデオ)みゆき役 (主演・竹内力)
1996年「新女刑事・サシバ SEXY COP348」(ミュージアム)主演 (監督・向井寛)
1997年「XXダブルエックスしなやかな美獣」(東映) (監督・斎藤信幸)
1997年「KILL キル」(KSS FILMS作品)主演 (監督・佐々木浩久)
1998年「W HEAT/殺しの報酬」(ビームエンタテイメント)主演 (監督・芝祐二)
1998年「監禁遊戯 ダブルフェイク」(松竹ホームビデオ)出演 (主演・青山麗子)

田中:Vシネマの活動が1995年から98年までですが、嶋村さんが大きくクローズアップされたのは、Vシネマの前に主演した『ナチュラル・ウーマン』が契機でしたか?

嶋村:その前から雑誌の表紙で注目されたのですが、どうしてもレースクィーンから来た人としてみられてしまいました。その意味ではレースクイーン時代から注目されてきたと思います。仕事を始めたのは、17歳からだったんですが、グラビアアイドルとして浸透してきたのは、レースクィーンをやってきてからだと思います。

田中:長谷川さんの本だと初めはレースクィーンに疑問を持っていたけれどもいざはじめたらはまってしまったと。

嶋村:グラビア写真集を出していてレースクィーンに行く人が当時はいなかったこともあります。

長谷川:普通はレースクィーンからグラビアなんですが、嶋村さんはグラビアから、それもやりつつ、レースクィーンですから、当時としてはかなり異色ですよね。

田中:嶋村さんの後の世代のレースクィーンはどうなんでしょうか。レースクィーンはかなり分業化がすすんでしまって嶋村さんのように活動範囲を広げる感じではないのですが。

嶋村:そうですね。私たちの後のレースクィーンはみなさん苦労されたと聞いています。日当などもすごく抑えられてやっていくのが難しいとか。

田中:やはりバブル崩壊の影響でしょうか。当時の給料はどれくらいだったんでしょうか。

嶋村:事務所がお給料制でしたので、日当は正確に覚えていて、一日20万円ぐらいでした。

田中:レースクィーンの仕事だと拘束時間がどのくらいなんでしょうか?

嶋村:レース場が、例えば大分とか三重など遠いので、2,3日ぐらいの小旅行でしたから、2、3日拘束することもあれば、日帰りですむときもありました。

田中:レースクィーン時代はいつ頃でしたか。

嶋村:まだバブルが終わりかけた頃でした。92年。

田中:そうですね。バブル崩壊して1、2年。まだみんなどうにかなるんじゃないかと思っていて、その後の大停滞を予期していなかった時期ですね。バブルの余韻みたいなのがある時代。ところで長谷川さんの本を読むと、写真集のとられ方がわかったとおっしゃっていましたが、それはいつぐらいですか。

嶋村:17歳からやっていましたが、私の顔はこれなんだば、と思うようになったのが、初めて2年半ぐらい経ってからなんですよ。初期の写真集はどうにも納得できない。

田中:ということは資料のno.3以降ということですか。

嶋村:Vシネマと連動してからのですから、1995年以降が特にそうです。

田中:(資料を眺めながら)しかしロケ地も豪華だなあ。

参照資料2(嶋村氏作成に基づく、()内はロケ地)

1 嶋村かおり写真集 1989年 大洋出版(グアム)
2 嶋村かおり写真集 1990年 ビックマン(サイパン)
3 Loving you  1991年 電波新聞社(ホノルル)
4 Close to you 1991年 T.I.S・ワニブックス(ブーケット)
5 もっときれいな嘘 1992年 近代映画社(シンガポール)
6 やさしく夢に抱かれて 1992年 英知出版(東京&伊豆)
7 GUESS 1993年 スコラ(パラオ)
8 MELLOW 1995年 スコラ(アカプルコ)
9 XX 1995年 英知出版(ニューヨーク、マイアミ、キーウェスト)
10 ROSE 1996年 英知出版(ドミニカ、ジャマイカ、バハマ)
11 L`ODEUR 1996年 ぶんか社(パリ、マジョルカ、プロバンス)
12 HEAT 1997年 バウハウス(ミラノ、コモ湖、ニース、モナコ、ローマ、シシリー)
13 GARCE 1999年 バウハウス(キューバ、カンクーン、サンフランシスコ、ホノルル、フィリピン)
14 LEGEND 2000年 バウハウス(アテネ、ミコノス島、オーストリア、アムステルダム、バリ島)
15 FINALE 2000年 バウハウス(香港、マカオ、サイパン)
16 嶋村かおり×後藤麻衣 LAST TANGO 2001年 KSS(トラック諸島)
17 KAORI 2002年 双葉社(アカプルコ、パラオ、サイパン、東京&伊豆)
18 オスティウム 2002年 音楽専科社(ロサンゼルス)
19 KIREI 2002年 PHOTO WebLABO K-I-R-E-I(東京、箱根、小田原)
20 PREM 2003年 ぶんか社(デリ、ベナレス)

嶋村かおりさん近影

嶋村:田中さんの『AKB48の終焉』を読んで、彼女たちが社会貢献をしたり、低価格商法をしたり、または毎日のように劇場公演などをしているのを読んで、AKBへの見方が変わりました。

田中:でもこんなに写真集に豪華なロケ地をばんばん使ってた嶋村さんと彼女たちは対極をなすアイドルの姿でもありますね。嶋村さんの写真集はハードカバーで立派な装丁で、紙質や印刷もお金をかけてます。AKBの方は、ムックスタイルでコンビニ売りが中心で、1000円前後の価格帯。ファンが何冊も買うことを前提にしてたりもします。この低価格商法がシステム化されているのが特徴ですね。嶋村さんの時代にも複数買う人はいたかもしれませんが。

嶋村:このようなムック本だと、昔だと『月刊 加納典明』みたいなものしかなかった。いまの時代は1000円ぐらいとはいえ、写真集を連続して出せるのですから、やはりAKBはこの時代を象徴するすごいグループなんだな、と思います。田中さんはアベノミクスが成功すると、AKBが衰退して壇蜜さんみたいな方が成功すると書かれていましたよね。私も身近な存在に感じられる壇蜜さんのような人はやはりすごいな、と思います。

田中:AKBの写真集はローコスト。嶋村さんの写真集はかなりコストをかけていて豪華です。それゆえに引き出された美もある。どのくらいの手間暇かけたんでしょうかね。

嶋村:やはり紙質も違いますし、またロケ地にもお金をかなりかけてました。海外のロケ地を3、4か国選んだこともあります。それにプラスして日本のスタジオで追撮したり、出版社も意欲的でした。

田中:本当に資料を見ると信じられないくらいロケ地が豪華です。例えば、AKBの柏木由紀の写真集をみると、国内の温泉地でおそらく数日で撮影した感じのもので、経費があまりかかっていない印象があります。

長谷川:やはり最近の写真集は、「安近短」ということで、アイドルの写真集自体が貧乏くさい感じがします。ゴージャスさを追求してはいないですね。

田中:ゴージャスさを求めてもいないのかもしれません。

嶋村:いまのファンの人たちはアイドルをゲーム感覚でみているのじゃないかと思います。

田中:たしかにそうかもしれません。いまのアイドルはイベントなどで会いにいけますから。例えば、昔だと、嶋村さんにどうやって会えるのかな、と思って途方にくれたと思います。まさに高嶺の花というか。

長谷川:芸能界自体が敷居が高い世界で、その中でスターというのはさらに選ばれし者という人ですから。それを秋元康がおニャン子からAKBときて、アイドルを手の届くものに変えてしまったんだと思います。

田中:本当に嶋村さんは僕にとっては「日本のどこにいるんだろう」的なあこがれの対象ですね。会いにいけないことがかってのアイドルの必要条件であって、それがバブル崩壊以降、次第にみんなの所得水準が低下するなかで、アイドルのあり方もそれに適応してきた。これから景気がよくなれば、嶋村さん的なノーブル(高貴)なアイドルが復活するかもしれません。嶋村さん的なノーブルがアイドルの中心になってくるような、ノーブル・アイドルの時代になるんじゃないか、なってほしいという気持ちが強いです。例えば、どうノーブルかというと、もちろん嶋村さんのように造形的に美のアーティスト的側面があるのはもちろんのこと、時間をかけて培われた教養がキャラクターとして成立するようなアイドルも評価されていくかもしれません。

長谷川:嶋村さんはバブルの時代から始まって2003年まで写真集を出しているじゃないですか。日本経済の浮き沈みをリアルに体験しながら写真集を出している。その中で嶋村さんに景気が悪くなったら写真集がしょぼくなっったとか、そういう実感とかはありましたでしょうか?

嶋村:(少し考えながら)そうですねえ。

田中:例えばどの写真集が売れましたか?

嶋村:資料の8から10までがVシネマとからめてあるのでよく売れました。

田中:僕はこの8,9,10、13、16、18、そして1を持っています(?)。

嶋村:(笑)ありがとうございます。

長谷川:8番目の写真集は野村誠一さんですね。

嶋村:そうです。

田中:部数はどのくらいですか。

嶋村:部数はそれほどでもないんです。私もAKBの人たちと同じでコアなファンの方々に支えられていたので、初版は1万5千とか2万とかそれくらいだと思いました。最初のヌード写真集も初版は2万でした。

田中:もっと出されていた印象があったのですが、僕もコアなファンかもしれないので冷静に評価できません。ところで価格帯はどのくらいでしたでしょうか。

嶋村:昨日しらべてきたんですが、3000円台後半ぐらいが平均です。

田中:いまだとその価格帯の写真集はかなりむずかしいですね。長谷川さんの本によると嶋村さんは事務所の仕事には何でも一生懸命やると。

嶋村:やりましたね。この仕事をやりたくないとかそういう状況じゃなかったですね。絶対に事務所のいうことはきかなきゃいけないと教え込まれてきてました。多少いやだなと思っても我慢しかない。

長谷川:そこが不思議なんですが、僕の本は、元々は雑誌連載で、全部で21人のインタビューをしました。そのほとんどの人たちは、10代で事務所に入ってみんないうことを最初は聞く。そのうちアイドルの自我ができてきて、いいなりはいやだという葛藤がでてきて、ある人はやめたり、ある人は抵抗して状況を改善する。でも、嶋村さんはそれをしなかったじゃないですか。

嶋村:ただその解答が私にとっては事務所をやめることだったんです。

長谷川:事務所をやめるということは芸能界をやめるということですが、他に行くという選択肢はなかったんですか。

嶋村:15,6年いたので、とりあえずリセットしたかった。どうしたらいいとかなにも考えずやめました。次にどこか行くとか、何をするかとか私の中にはなにもなくて、それを考えるのは精神的にもよくなくて、一年なにもしませんでした。

田中:長谷川さんの本を読むと当時はまわりの人にも疑心暗鬼な状態だったとか。

嶋村:それもあったし、我慢の積み重ねになったので限界を超えてしまって。それでもやめるときは円満にやめたかったので、ちゃんと理由もいって理解していただいてやめていきました。

田中:嶋村さんとしてはグラビアやVシネマなどの仕事に情熱はもうなかったのですか?

嶋村:いえ、女優はずっと続けていきたかった。知り合いの監督にも「女優をやめるな」といわれたんですが、当時の私にはその監督の作品に参加して、モチベーションを期待されるところまであげることができそうもありませんでした。プロとして申し訳ないことになるかもしれないのでお断りしました。いまでもその監督さんとは交流があります。

田中:そうですか。僕にとっての90年代のミューズは嶋村さんなので非常にもったいなく思う気持ちがあるのですが、いまはまったく復帰とかは考えてないのですか。

嶋村:いまは違う方面のお仕事でいろいろお話しをいただく機会があって、10年間死んでいてよかったという気持ちがあります(笑)。

田中:死んでって(笑)。しつこいようですが、これから時代は嶋村かおり的なアイドル、というよりも美の芸術家としての、ノーブルなアイドルがまた求められていくように思うんです。その中で、嶋村さんの過去の活動が再評価されてくるし、また今後にアイドルへの復帰も期待されると思います。なんといっても昔とまったく変わらない! 今日は本当にお会いできて光栄でした。

2013年5月 新宿にて

嶋村かおりさんのオフィシャルブログ:嶋村かおりの〇〇な日々

嶋村かおりさんのエピソードを含んだ長谷川晶一さんの著作「私がアイドルだった頃』
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グラビア・アイドル研究のための読書リスト
織田祐二『グラビアアイドル「幻想」論』双葉新書
仲俣暁生「「激写」から遠く離れて」『グラビア美少女の時代』(細野晋司他、集英社、2013年)所収
中森明夫『アイドルにっぽん』(新潮社、2007年)
中森明夫「」グラビア批評の重要性」『STUDIO VOICE』2008年5月号
長友健二+長田美穂『アグネス・ラムのいた時代』中公新書ラクレ、2007年
長谷川晶一『私がアイドルだった頃』(草思社)
みうらじゅん&リリー・フランキー『女体の森』扶桑社