「だから、改憲するべきである」岩田温著/彩図社

2014年の新年一発目で、書評しようと昨年末から決めていた本がある。それが本書、気鋭の若手政治学者(30歳)である岩田温氏(秀明大学専任講師)の最新刊『だから、改憲するべきである』(彩図社)である。
2013年は参議院選挙において安倍自民が公明党と共に安定多数を取り、ひとまず衆参の「ねじれ」は解消されるに至った。

既に日本維新の会、みんなの党が改憲を明確に示しており、昨年は憲法改正(の発議)に最も近づいたかと思われたが、改憲に慎重な公明党を除外すると「改憲勢力」は衆議院はともかく参議院では3分の2に届かず、改憲議論は先送りされたままだ。2014年に入り、安倍自民は改憲議論を再び活発化されるという報道もあるが、そんな昨今の情勢を踏まえても、本書「だから、改憲するべきである」は必読の内容といえる。

まず岩田氏は、本書で日本国憲法の成立過程を丹念に読み解くことから始めている。一般に保守派は現行憲法を「アメリカの押し付け憲法」、リベラル派は「戦争の反省から生まれた平和憲法」等と言うが、岩田氏によれば事実はそのどちらでもない、占領軍(GHQ)が昭和天皇(への訴追権)を人質にして日本側に軍事的強権の発動をちらつかせ、有無をいわさず強制させた憲法である、と言わざるを得ないことだ。

本書で特に圧巻なのは、GHQの憲法草案を担当するアメリカ人が「いま、外に行って原子力の光を浴びてきました」と日本人に言ってのけるシーンである。これは何を意味するのか。つまり、「この憲法を飲まないと、再び原爆を使うかも知れませんね」という洒落にもならない脅しで、こうなって来ると日本国憲法というのは、「戦争の反省」は論外としても、「押し付け憲法」という従来のイメージをも遥かに超えた「脅迫憲法」であることが分かる。日本における改憲・護憲の議論は、いずれもこの「軍事力をちらつかせたアメリカの脅迫」によって成立した、という事実を無視するものであり、岩田氏の指摘は実に鋭い。

更に本書の白眉は、自民党はその結党の理念に「自主憲法の制定」と謳いながら、実際には「中選挙区制」の元で常に総議員数の3分の2弱、一方で護憲派の社会党は同じ理由で3分の1強という議席を長らく確保してきた「持ちつ持たれるの構造」をあぶり出している事である。これは、憲法改正の発議が「衆参両院の3分の2以上を以って行う」という憲法改正の規定に、いずれも満たない状況である。

つまり自民党は憲法改正を謳っておきながら実際には憲法改正発議に必要な3分の2を上回っていないので、本気で憲法改正を議論の遡上に出すことはなく、一方護憲派の社会党は、政権与党は永遠に取れないもののとりあえず憲法改正発議阻止の3分の1を上回っていることから「空想的な護憲主義を振り回すだけで、その実まったく現実性はない」事を好き放題言える権利を手にしたことを意味する。

この状況(55年体制)を岩田氏は「自民党は憲法改正以外なら、何をやっても良いというフリーハンドを得た。それが55年体制の正体だ」と解釈する。実に的を射た戦後史の分析にほかならない。

自民党と社会党という、この相互に依存した「プロレス関係」は、実は拙著『反日メディアの正体 戦後体制に残る病理』(KKベストセラーズ、2013年12月刊行)でもほとんど同じ戦後史の癒着と歪みを指摘しているのであるが、私はここで「戦後」という空間を、「9条がありながら自衛隊が存在する」という矛盾の空間という従来一般的にもたれがちなイメージから一歩進めて、「その矛盾そのものを愛する空間」こそが、戦後の正体であると述べた。

これはつまり、「戦後」とは、矛盾そのものではなく、寧ろその矛盾を意識下で積極的に受容し、進んで受け入れてきたその国民の態度そのものにこそあると私は指摘しているのである。考えてもみよ、自民党が改憲を標榜しながらその実、改憲に際して何の具体的方針も示さぬまま、「吉田ドクトリン」で経済を優先させてきたことぐらい、戦後の日本人はみな気がついている。

しかしその矛盾を矛盾と感じつつも、その矛盾そのものを愛するその姿勢こそ、それこそが「戦後空間」の正体であり、戦後特有の空気感だ。目下の矛盾と歪みを、実は視野の片隅にいつも感じながら、それをそのままの形で是認し、明日の現金を優先してきたのが正しく「戦後空間」の赤裸々な姿なのである。我々はそろそろ、この矛盾の「最終的解決」に迫られている。

その理由は述べるまでもないが、冷戦崩壊後、特に伸長してきた中国を筆頭とする周辺国の脅威にほかならない。この「戦後空間」の矛盾を解決する方策は、憲法改正以外にない。我々はもうそろそろ、視界の端っこにちらちらと見え続ける異物を、物理的に除去する段階に到達した。