日本を代表する若手保守論客の古谷経衡氏とリベラルを代表する論客の古市憲寿氏の対談が『文藝春秋SPECIAL』に掲載されているというので、さっそく購入して読んでみた(実際には、二人の対決対談ではなく、戦後問題ジャーナリストの佐波優子氏を交えた鼎談形式である)。

まず、対談のタイトルに「ぼくら若者が考える『永遠の0』」とあるように、話題は映画『永遠の0』についてから始まる。多くのマスコミが、この映画の大ヒットを持って日本が右傾化していることへの証拠ではないかと指摘しているというのである。

そのような意見に対して、古市氏は『永遠の0』には軍国主義的な要素はまったくないと指摘をする。

この古市氏の意見には私もまったく同感で、そもそも、原作の『永遠の0』を書くにあたって作者の百田尚樹氏が参考にしたであろう当時の現役零戦パイロットたちの手記(代表的なものとして坂井三郎氏による『大空のサムライ』、岩本徹三氏による『零戦撃墜王』など)は、いたって合理的な思考に貫かれており、軍国主義的な色彩がないので、そのような話にはなりようがないのである。

こうした古市氏の見方に対し、古谷氏も同意を示しつつ、『永遠の0』は、二〇〇六年に制作された『男たちの大和 / YAMATO』に比べ、保守的イデオロギーを前面に押し出した映画とは異なると述べているが、私はこの古谷氏の意見には違和感を感じた。『男たちの大和 / YAMATO』の監督である佐藤純彌氏はデビュー作の『陸軍残虐物語』から一貫して反軍国主義的な作風の映画作家であり、アナーキー色の濃い『新幹線大爆破』などをヒットさせている職業監督でもある。そんな佐藤監督の撮った『男たちの大和 / YAMATO』を反動的な作品と位置付けるのは少々無理があるのではないかと思われた。

続いて、古市氏が佐波氏に現在社会問題となっているヘイトスピーチについてどう思うかと尋ねる。それに対して佐波氏は

佐波 私としては韓国に限らず現在日本に住んでいる外国の方々が、どの国籍にも共通して不便な思いや、居づらさを感じることのない世の中にする必要があると思っています。

と、きっぱりとヘイトスピーチを否定している。

そして、社会学者である古市氏は『呆韓論』が三十万部売れたといって嫌韓ブームの証とするのなら、昨年韓国のグループである東方神起は日本ツアーで八十五万人を動員している。嫌韓本が少し売れたからといって、日本人の右傾化の証拠とはいえないと冷静に分析をする。

この意見は、

私が先日投稿したエントリー

や、

社会学者の筒井淳也氏の意見

とも整合的だ。

このように、対決色の強くなるかと思われた対談だが、ほとんどの論点において両者の意見は一致し、論争的になるところが少ない。

唯一、古市氏と古谷氏の論点が大きく分かれたのは、国内の貧困問題に関してである。

自分は豊かな生活をしているし、十分に幸せと語る古市氏に対して、古谷氏は国内の貧困やワーキング・プアの問題に懸念を寄せる。

この論点に関しては、私は古谷氏に大いに同感だ。

デフレ下の消費税増税という誤った政策を選択してしまった結果、デフレからの脱却、景気回復も危ぶまれる現在(そもそも、日経平均株価すら第一次安倍政権の水準に到達していない)、未来に待ち受ける経済的苦境に懸念を寄せない方が不思議なのではないだろうか。

いずれにせよ、大変読み応えのある鼎談であった。

佐波氏も含め、若き三人の論客の今後のより一層の活躍に期待したい。