「「アメリカの影」と文化の経済学」の今回は続きだ。前回では、日本のアイドル市場が「アメリカの影」(米国占領の文化的影響)によって蔽われていたことを解説した

 戦後の日本の文化シーンに、なぜ占領した側の米国の影響が色濃く刻印されたか、言い換えれば米国の文化「戦略」がスムーズに日本側に受容されたかについて、評論家の古谷経衡(『クール・ジャパンの嘘』(中経出版))と作家の村上龍(『EV.Caf超進化論』)は興味深い指摘を行っている。その指摘の中核は、沖縄以外に、敵であった米国の兵士たちと面と向かって、日本の国民の多くが血みどろの戦いを繰り広げなかったこと、つまりは「本土」決戦を回避したからである、とみている。確かにこの主張は直観に訴えるものがある。だが本当だろうか?

 たとえば日本と同じ枢軸国側で、しかも日本やイタリアとは比較にならないくらいに本土が決戦の場になったドイツ、そして米国の占領地域になった西ドイツの文化シーンを見てみよう。特にここでは西ドイツのポピュラー音楽市場についてみておく。敗戦後の混乱期を抜けて、1950年代終わりから60年代初めにかけて西ドイツではジャズやロックン・ロール、ハワイアンなどがブームとなった。その中心的な役割を担ったのが、西ドイツ最初の「女性アイドル」といわれるコニー・フロベスだ。彼女は西ドイツ版の美空ひばりともいうべき存在で、ひばりが敗戦後に子役として天才的な歌声でブレイクしたのと同じように、コニーもまた8歳で最初のデビュー曲が大ヒットした。コニーは映画の中で軽快なダンスを踊りながら、米国で流行していたジャズ、ロックン・ロール、そしてハワイアンなどをドイツ語の歌詞で歌った。コニーは国民的なアイドルとしていまでもドイツ国民の中で語られている。興味深いのだが、60年代後半から70年代にかけてのハード・ロックやパンク・ロックのブームでは、ドイツ語の歌詞ではなく、英語の歌詞をロック風の曲につけるのが西ドイツでは一般的になった。ドイツ語はロックに合わない、というのが「通説」だったらしい。しかし占領の記憶がいまだ残る時代(西ドイツの主権回復は55年)に、コニーが歌ったのは、ドイツ語の歌詞に米国でブームだったジャンルの音をつけたものだった。

 日本の歌謡曲の多くが、戦前から日本の歌詞に米欧の音を伴った「世界史分」の音楽であったことを大瀧詠一が指摘したが(本連載三月号参照)、ドイツでも類似の現象があったことになる。

 さてコニー・フロベスの事例は西ドイツの歌謡界を代表するものだけに重要だ。彼女のケースをみると、古谷や村上の主張には重要な例外が存在するように思われる。ドイツのように敵国兵士と面と面とむかって本土決戦をしても、(かっての敵国)文化の受容にはあまり支障をきたしてはいないことになる。フロベスの時代からあとのエルビス、ビートルズ、そしてパンクの流行まで、日本と同じように西ドイツでも大ブームとなってかの地の音楽市場の隆盛(たとえば、西ドイツでもビートルズやローリング・ストーンズに影響されたグループサウンズのブームがあった)に寄与している。仮にかっての敵国だった米国への恨みがあったとしても、少なくとも歌謡曲の受容の障害になったとは簡単にいえないだろう。

 ただ「アメリカの影」は米国の占領地ゆえに濃厚だった、ということはいえる。東ドイツでは、米国風のポピュラー音楽のブームは起きていない(アングラ的な消費は別)。そもそも東ドイツでは、米国風のポルノ映画の消費やエッチ産業が抑制された結果として、東ドイツのカップルのほうがリアルなセックスの回数が多かったなどという「実証」もあるほどだ(映画「コミュニストはsexがお上手?」参照)。

 「アメリカの影」自体の影響も多様なあり方がある。たとえば、韓国の歌謡界における「アメリカの影」は興味深い。韓国70年代のロックブームと若者たちのナイトライフを描いた『ゴーゴー70』という韓流映画がある。朴政権のもとで、長髪強制カット、洋楽の事実上の禁止、日本と違って若者たちが直接従軍したベトナム戦争の影響などが、当時の風俗を巧みに織り込んで描いていた。韓国のように米軍が駐留するだけでなく、若者たちがベトナムで直接戦いながらも、その70年代でみかける風俗の表層部分は、当時の日本や西ドイツと変わらない。いや、ファッションなど大差ない若者たちが、やはり似たようなロック風の音楽を大量に消費している。

 言い方を変えると、「アメリカの影」、ここでは戦後のアメリカを中心にしたポピュラー音楽のグローバル化は、西欧化された社会に広汎にみられた。これはその国の音楽消費のあり方を、確かに米国化して「画一的なもの」にしたかもしれない。しかし、それは必ずしもその受容した国々の消費の多様性自体を喪失させたわけではない。たとえば、ドイツの70年代ロックは(韓国や日本と異なり)英語の歌詞が主流だった。韓国では、近年のケースをみれば、少女時代やKaraに代表されるような、日本のアイドルたちのようにカワイイけれどもプロ仕様のアイドルが戦略的に市場を広げている。また日本では、素人同然のレベルのアイドルたちが世界的なファンの獲得に成功している。「アメリカの影」というグローバル化は、確かに画一性という大波を伴っていた、だが、同時に、その国々独自の多様な文化のあり方を加速化していったことも否定できないだろう。

 米国がその軍事的なパワーを背景にして「アメリカの影」が色濃くあっても、それが文化シーンで表現されるとき、アメリカなるものと別れた個別性を発揮している。軍事パワーは文化パワーまでも完全にコントロールはできないのだ。「アメリカの影」というグローバル化は、画一性と同時に、多様性の創造に貢献している。これを文化の「創造的破壊」と米国の経済学者のタイラー・コーエンが述べてもいる。コーエンの「創造的破壊」として、今日の日本の音楽、そして中でもアイドル市場の進展を理解していく、そういう文化経済学的な視座が今後も注目されていくことになるだろう。