『ベーシック・インカム- 国家は貧困問題を解決できるか』(中公新書)は、日銀審議委員に就任する事が決まった原田泰さんの最新刊である。本書は、所得分配と貧困の現実にふれ(第1章)、ベーシック・インカム(BI)に関する思想と対立軸を整理し(第2章)、BIの実効可能性を財政関連の統計から論証する(第3章)といった構成であり、所得再分配政策に興味を持つ人々にとっては必読の本だ。

そこかしこに原田節が満載であって、例えば第2章における、パターナリズム(家父長主義)に親和的か否か、所得再分配を進めるべきか否か、といった二軸でBIに関する思想対立を整理するあたりとか、近衛文麿の「英米本位の平和主義を排す」の欺瞞を批判する流れから、先の大戦における日本のアジア侵略がアジア諸国の共産化をもたらしたと論じたりするくだりや、さらに第3章で究極のバラマキ政策であるBIと対置する形で描かれる農業や林業の補助金制度の無駄、東日本大震災からの復興策の無駄を明らかにするくだりは、論理が明確で小気味よい。

特に類書と比較して興味深いのは、第3章のBIの実効可能性だろう。

日本では990万人の人が年84万円以下の所得で暮らしている。全ての人が84万円以上の所得で暮らせるように国がBIを支給するケース(具体的には、二十歳以上の人々に対して月7万円、二十歳未満の人々に対して月3万円を等しく給付する)を考えると、総額は96.3兆円の予算が必要となる。

日本の一般会計予算は100兆円程度であるため、新たに100兆円近い予算を捻出するのは不可能だが、全ての人々にBIを給付して、国民の基礎的所得を保障するために既に使われている予算(老齢基礎年金、子供手当、雇用保険)や税を支払う際の所得控除、さらに各予算で無駄な支出と思われるものを削減し、所得に応じて3割の課税を行う(これによる税収は77.3兆円)と、財源を捻出することが十分に可能であることが本書で論証されている。つまり全ての人々に年84万円を保障するBIを行うことは、BI導入によって廃止することが可能な各種税制を止め、財政の無駄を省くことが前提ではあるものの、可能なのである。言い換えれば、現行の制度と大きな違いがない形でのBIを考え、それを実行すれば、社会保障制度の非合理を是正することが可能ということだ。

もちろん、本書でBIとして考えられている年84万円では少なすぎるという批判はあるだろう。だが、これ以上のBIを実現するためには追加的な財源が必要となる。さらに充実したBIの実現を主張するのであれば、財源をどう確保するかを明示して議論すべきだろうし、筆者が指摘するように、日本の生活保護水準以下の所得で暮らしている人が全人口の13%であるのに、実際に生活保護を受けている人は全人口の1.6%であるという現実からすれば、より多くの人を所得が少ない状態から救うことこそ優先すべきだろう。

さて、BIを導入することで所得階級別の動向はどうなるのだろうか。本書によれば、データの制約はあるものの、所得600万~700万までの階層でも給付されるBIから所得税の負担を差し引いたネットのBI給付はプラスとなり、全ての所得階級において現行税制と比較した税負担は減ることがわかる(もちろん所得捕捉が進めば結果は異なる)。

BIを行う際に支払う所得税の考え方(累進性をより高めるか否か)については、所得分配が平等な国と不平等な国とでコストが異なることも示されている。中低所得者の人数が多い国の場合、高所得者が支払う税率を高めたとしてもそこから得られる税収は少ないため、累進性を強化することでBIを充実させることは難しくなる。逆にBIを充実させるには、中低所得者層への課税を強化することが必要となり、そのための財政コストは高くなると筆者は論じる。

本書ではBIに付随する様々な疑問(BIと医療保険制度の関係や、なぜ豊かな人にBIを支給するのか、財産を持っている人にBIをなぜ支給するのか、労働意欲は減退するのか、BIは賃金を引き下げるのか、BIは移民を制限することになるか、BIは夢を追う人を増やすのか)に答えている。これらは説得的だと思う。さらにBIを導入することで得られる付随的なメリット(例えばBIを導入することで全ての人々に銀行口座が適用される)も指摘されている。

BIは全ての人に一律に薄く所得を配分するという意味で究極のバラマキ政策である。これは非効率な補助金政策に勝る効率的な政策であるし、貧困問題のうち、お金が無いという問題を合理的方法で改善することが可能である政策だ(逆にいえば限られた人的資源を貧困問題にまつわる他の課題に集中させることができる)。そして人々の自助努力や自発的な助け合いを阻害する政策ではない(生活保護制度は、働けば保護給付をほぼ100%削減されるという仕組みにより自助努力を妨げているし、生活保護給付が高すぎることで、福祉に頼る人々への反感を生み、人々の助け合いを妨げている)。こうした本書のメッセージは熟考に値するのではないだろうか。

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